ラクシュミ 〜221譜の讃歌〜
『序章・異端皇子』 Randagio
『 はたして我々が 何時に神を裏切り 捨てたと申すか。
それが貴方方の 愚かさであり 真理である。
この世あの世に〈神〉と囃される物は 全てが偶像であり 幻想である。
《審理之章 彼の証言》 密告者・リガリア 』
大陸暦 1429年 同日 深夜 『地帝聖誕祭』
夜も更けて月は真上へと昇っていた。
今頃客人達は、二次会の会場へ移動している頃合なのだろう。
彼はそう考えながら仕来りに満ちた窮屈な正装を脱ぎ捨てて、いつもの略服へ袖を通した。
どうせ二次会に参加しているのは上級貴族と客人たちだけなのだ。
皇族の者達が、わざわざ二次会まで出る理由などないだろう。
誰よりその宴を嫌っていて、逸早く退室した彼はそう蔑した。
目に付くのは、夜景の光。
もう日は回ったというのに、未だに祭りは続いているようだ。
礼拝堂への巡礼者はこんな夜更けにも訪れてくるらしく寺院への明かりは特に目立った。
釦を閉じきると、彼は一つため息を吐いた。
『反吐が出る。』
無性にそう思い、後ろにある天蓋付きの寝床へと倒れこんだ。
貪欲を象徴する様な酒の匂、傲慢さを誇示するような香水の激臭、権威を引き出す葉巻の波。
発案初期の頃の夜会と比べれば大層緩くなったものだ。
思い出すだけで腹立たしいし汚らわしい。
どいつもこいつも単純な上強欲な輩ばかり、面白さも特徴も大して目立ちもしない。
いっその事全員消えればいい、この世から消え去ってしまえばいいのに。
意味を為さない『夜会』の為に身の程の令を聞かねばならない、幾ら機嫌を取り繕うともそれら全てが虫唾が走る。
毎年毎年、不快としか思えない夜会にはうんざりしながら、彼は天を仰いだ。
満月が見える。
蒼く煌々とした冷ややかな光は、彼に心地よさと気持ちの緩和を与えてくれた。
月へ賛美したい。 この世の光が汝唯一つなら良いのにと。
月に酔う彼は、手を額に乗せると気がついた。
参加した際に着け放しだった仮面。
表情のわからない色の変化の無い、月のような白い面。
死人のような人形のような顔をした彼には似合いの仮面なのだろう。
嗚呼、先程から感じる違和感ともどかしさはこれか。
そう感じ、面の紐を解くと彼は月の前に素顔を露わにした。
それは月のような白い肌に、相反する黒檀の瞳を持つ美しい男だった。
その鋭い目で再度月を眺め、硬かった表情も徐々に柔らかくなる。
先程以上に月明かりが当たり、彼は益々月を求めた。
月を思えば、再び夜会を思い出した。
夜会の際に毎度演目にある『豊穣の舞』の舞歌。
その演目に使われる光は月明かりともあって神秘さが増し、見ている観客達には更に感動を増す。
参加しているのが全員『人間』と言うところに多くの者が興味を引かすからだ。
魔族に不可能で、人間に可能の唯一のこと。
それは、舞い『謳う』こと。
どうこう足掻いても魔族に太刀打ちできない人間が、魔族を凌駕するたった一つの力。
彼らがとことん人間を侮蔑できないのもそれ故なのかもしれない。
しかし毎度同じ演目で、同じ台詞を聞き続ければ、誰でも飽きが来てしまう。
夜会の華である『豊穣の舞』が、心をひきつける魅力が堕ちてきてしまった。
この宴の尊さと意味が落ちるのと同時に。
彼も夜会には、ほとほと失望していた。
誰もがそうだった。
それに突然、光が射した。
舞の形自体は変わらないが、それを形作る『詩』。
心の波を掻き立て、春の心地の言の葉。
響く声は甘美な風の様で、そして謳う者自身もそれに捕らわれる力強さ。
何が起こったと言うのだ。
一体この喩え難い事象は何なのだ。
考える暇さえ与えない程、全員がその『詩』に魅入っていた。
生きとし生ける者を惹きつける力が、『人間』がここまで引き出せることに盲目していた。
彼はひたすら追求していた。
たかが一人の『人間』に、どのような作用があればそれほどの力を引き起こすことができたのか。
なぜ『あの詩』を、あの娘は知っていたのか。
魔族ではわからぬことなのだろうか。
人間の者でしか、理解しえぬことなのだろうか。
問わなければならぬ。
彼の脳裏にそう意思が伝わった。
直ぐにアーサルトと呼び出して、事を伝えた。
『歌姫を、ここに連れ出して来い。』
彼は直ぐに承諾した。
薄々予想がついてたらしい。
同族の彼でさえ、事態は急変と言うことは理解はしているからだろう。
もうじき、ここに来る。
あの異色の詩を奏でた者が。
寝床から起き上がり、彼は部屋の中央へ立った。
月は変わらず彼を照らした。
目を閉じて、彼は邂逅を待った。
*
この一時会場から人が去って半刻ほど経った。
先程まで騒がしかった会場だが、人が去ると恐ろしいほど静寂に満ちて寒気がたつ。
かすかに当たる月明かりが残された二人に安堵を与えてくれていた。
壁際に凭れ掛かっていたサリネは、再会した時と同じように機嫌が悪い。
ここに残されたのは、皇帝自らの勅命である。
一国の最高責任者が面会を求めているらしいのだ。
はじめは驚きこそしたものの、やはり嫌悪感が沸くのが本心である。
何が楽しくて、『人間』を虐げている者に笑顔を振りまき、話をしなければならないのか。
そしてその者達に怯えを隠せないムシュリカは、一層縮こまっていた。
サリネが声をかける。
「会って直ぐに帰るだけだよ。 そしたら一生顔を見ないですむんだから。」
それはムシュリカに当ててなのか、自分へ当てての言葉なのか判らなかったが、
ムシュリカも自分に言い聞かせるように、
「そうだね。早く帰りたいね。」
と、サリネに返した。
最悪の気分に浸る中、会話は救いだった。
少しでも気の紛らわしなれば、この時間を忘れることに繋がるのだから。
沈黙を作らないように、二人で会話を返しあった。
「皇帝は、何で私達に会いたがるのだろうか。」
サリネの問いに、ムシュリカは言葉を止めた。
「ムシュリカを困らすつもりじゃなかったんだよ・・ごめんね。」
理由は大本はムシュリカ本人にあると気がついていた。
言葉を発す勇気の出なかったムシュリカは、俯いた。
情けない、サリネに気苦労をかけてしまった。
彼女に答えさせた自分に、狡さと恥ずかしさを思う。
そんなムシュリカにサリネは近づいて、ムシュリカの頭を撫でた。
「アンタは心配しなくていいから、怖いのは一緒だから。」
『ありがとう』の言葉が出ない。
今言わなければならないことなのに、怖くていえない自分がいる。
ああ、怖い。 しかしここで弱音を吐けば、サリネに迷惑がかかる。
「・・・・・・・うん。」
一言、ムシュリカは返した。
「うん、もう大丈夫だよ。」
これ以上サリネに甘える訳にはいかない。
サリネの手にそっと触れて、ムシュリカは立った。
顔は、翳っていたが笑っていた。
その時ちょうど、陽気な主人が来た。
「お待たせ。 二人だけ悪いね。」
アーサーは、ニッコリ笑って二人に近づく。
「遅いんだよ、この出不精。」
サリネのアーサーへ対する態度はいつも変わらない。
「そう言うなって・・。 悪いとは思ってるんだからさ。」
苦笑してアーサーはあしらう。
一つため息をすると顔を変えて二人へ向く。
「さて、皇帝陛下の元へ参ろうか。」
皇帝陛下への面会は、最上階の謁見の間にて行われる。
彼はそう一言告げて長い廊下の中、二人を案内する。
緊張が高まっているのか、ムシュリカは声を発することができなかった。
広々とした廊下は、神殿の様なアーチが延々と続いている。
右手には優美な絵画が並んでおり、こんな状況でもなければ見惚れてしまいそうなものばかりだ。
その廊下自体が一つの美術館のようで、不思議な気持ちにムシュリカは浸っていた。
左手の巨大な窓からは未だに祭りの熱気が冷めないでいる仄かな光が、ポツポツと星のように瞬いている。
この美しい処に暮らしているのはどの様な御方なのだろうかと、ぼうっと考えていた。
その中、サリネが主人に話しかけた。
「おい、その陛下にあったらとっとと帰っていいんだよな。」
かなりの機嫌の悪さが、その口調から伺える。
さすがのアーサーも、言葉を選んでからサリネに答えた。
「構わないよ。・・・ただ、皇帝陛下への無礼は止してくれよ。 僕の首が飛ぶ。」
念を押して、サリネへ忠告した。
サリネは「はいはい、わかりましたよ。」と、適当に合わした。
国の最高権力者についての忠告なのに、サリネはいつも魔族に対しては素っ気無い。
そんなサリネだからこそ、ムシュリカはこの空間のなか安堵できた。
皇帝陛下の傍にいたあの御方も居るのだろうか・・。
ふと、皇帝の隣に居た大僧正と皇太子を思いだした。
あの大僧正とは三度目の面会となるが然程大した会話もした事はなく、未だに初対面に近い。
居たとしても安心の対象となる事はまず無いだろう。
皇太子は誰とも対話をした様子は無く、全てが不明な上、論外に近い。
ああ、何故このような事になったのだろうか。
と、今日何度目になるか分からない自問自答を繰り返す。
ムシュリカが思い悩んでいる中、アーサーは足を止めた。
続いて二人が止まり、どうしたのだろうと彼の様子を見る。
彼は苦い顔をして振り返った。
「忘れてたことが一つあって・・・ね。」
その一言の瞬間に、サリネは顔を険しくした。
「本当に済まない。 そのさ、謁見の事についてなんだけれど・・・。」
苦笑をしてサリネの機嫌を直そうと試みるがそう上手くいかず、彼女は増々不機嫌になっていく。
アーサーは慌てて一気に告げた。
「陛下への謁見は一人ずつなんだ・・・、二人一斉に向かうと謀反の疑いがかけられるしさ・・・、
・・・皇族内では公式の礼儀ではあるし・・・そのね・・・。」
アーサーの話を聞けば、そもそも謁見とは一人ずつ会いに行くとの決まりごとがあるらしく、
二人一斉の謁見は皇帝へ謀反を犯す可能性を高くしてしまう為、禁じられているそうなのだ。
一人ずつ皇帝と面会し、後の者はこの先にある談話室にて待機をするとの順序ということを忘れていたのだ。
サリネはその話を聞いて渋々と言った様子で、アーサーへ悪態をついた。
「だからお前は万年独身なんだよ・・。」
それについて彼は反論はせずに、笑ってサリネへ返した。
「褒め言葉として受け取っておくさ。」
そう答えると、今度はムシュリカへ目線を返した。
「まずは毎年『舞姫』を勤めているサリネから皇帝陛下へ謁見することとなった。
ムシュリカちゃん、初めて入城したばかりで落ち着かないだろ? だから君は当分後にした。いいかい?」
予想通りの顰めっ面をサリネはしている。
反対にムシュリカは、アーサーの気遣いにほっとしていた。
「陛下への謁見はそんな長いものじゃないけど、何時でも会えるように心してくれ。」
アーサーの忠告と『お願い』に、ムシュリカもハッキリと 「はい。」 と伝えた。
ムシュリカへ最後にそう言うと、彼はサリネを率いて右手へ曲がって歩いていった。
二人の姿が見えなくなるまで其処に佇んでいたら、ムシュリカは広い廊下の中が行き成り冷たく感じた。
ついに一人になってしまった。
*
「ここを、真っ直ぐ・・・。」
アーサーが先程指差す方向をムシュリカはただ眺めた。
まだ延々と同じ回廊が続くばかりである。
それを途方も無く感じたが、行かなくては成らない使命がムシュリカを押したのかもしれない。
ここでサリネ達を待つのも良かっただろうけど、アーサーの忠告は聞いておいた方が身の為だと思ったし、
何より何時までもここで待つのは彼女にとって苦痛だったので、とうとう歩みだした。
黒い廊下。
まるで黄泉の中を迷っている、そうとも感じ取れた。
だが、外の月明かりが励ますように廊下の黒さを和らげてくれる。
それが彼女の導きになってくれていた。
不思議なことが一気に立て続けに起こったので、未だに実感が無い。
こんな場所までこれることが、『人間』に起こったのだ。
『魔族』が『人間』にここまで許した事は無い。
確かにアーサーはそう言った。
こんな一大事が私の周りで起こった。
ムシュリカは事態の進展について行けずにいたが、改めて考えると『奇跡』と思える。
そしてその奇跡が、自らの『自由』を約束しているのだと信じた。
廊下の終着点までそのことを考えていたら、目的地に既に着いた事にようやく気がついた。
目の前にあるのは巨大な黒曜石のレリーフだった。
それは細密な彫刻で、天馬や剣の細かな彫がムシュリカの目を釘づけた。
蔦が縁を絡み、月の調べが刻まれた荘厳な様は、丸で楽園を描いているかのよう。
ほう、と溜め息が出る。
礼拝堂にあるレリーフとは比べ物にならない程、それにしばらく心を奪われていた。
散々その彫刻を見ていたら中央に取っ手があって、それは扉だったことにやっと気がついた。
ご主人の話にあった談話室とはここのことだろうか?
他の誰かの部屋ではないのだろうか?
一瞬そう脳裏によぎったけれど、無意識に扉に備えられた小さな鐘を鳴らした。
チリーン・・・チリーン・・・チリーン。
澄んだ水晶がキラキラと輝きながら無常が伝う空間に音を響かす。
思わずアーサーの屋敷の作法と同じように行ってしまった。
だがそれは、間違ってはいないようで
「誰だ。」
と返事が返ってきた。
低く威圧感のある声が、ムシュリカの息を殺した。
彼女以外の誰かが、談話室に待っていたからだ。
「今宵の『舞の宴』を担いました、『歌の者』でございます。」
たどたどしくも、ムシュリカは丁寧に答えた。
「入るがいい。」
それに従い、ムシュリカは重い扉を押しながら入った。
一面の、藍色の世界が彼女を迎えた。
先程の夜会と比べれはやや明るめだが、暗いことには変わりは無い。
暗い廊下を通ってきたムシュリカは、目が慣れていたのか部屋全体を見渡せることができた。
部屋はアーサーの執務室より倍はあるであろう、夜会のホールよりは劣るがそれなりに広い。
黒檀のテーブルと本棚、天蓋付きの巨大なベッド、ドーム状のガラスの天井は星と月が壁紙のよう。
明らかにこの豪勢な部屋は、談話室とは思えない。
顔を辺りに回すと、部屋の中央に月明かりに当たる人影があった。
あの場所にいる誰かが、今しがた返事をした方なのだろうと思った。
「聞こえなかったのか、入れ。」
苛ついているのか催促をする。
ムシュリカは慌てて中に入り、扉を閉めた。
「失礼、いたします。」
目の前の影にお辞儀をすると、ムシュリカは顔を俯かせた。
顔を見るのが恐ろしい、唐突にそう思ったのだ。
人影の者は、上級階級者に違いない。
今日は夜会だったし、この最上階にいるものであるからそれは分かっていた。
「ここへ来い。」
彼に命じられて、ムシュリカは俯きながら足を一歩一歩進めた。
光に魅かれる虫のように、ゆっくりゆっくりと人影に近づく。
天井からの光が二人に当たる中、ムシュリカは伏せて柔らかな絨毯に額をつけた。
「面を上げよ。」
人影はそう求めたので、ムシュリカはゆっくりと顔を絨毯から離し、視線の方向を向く。
目の前の人は髪も衣服も黒統一で、天井からの光の所為で表情は曖昧だったが大層な美麗な顔と分かった。
なんて美しい御方なのだろう。
整った険しい顔立ちは石造の神々の面影があり、瞳も漆黒の珠の様で先程の扉のレリーフを連想させる。
その眼は明らかに軽蔑に満ちたものだったが汚いもの見る眼ではなかった。
「お前がアーサルトの言った娘か。」
彼に問われて、ムシュリカはゆっくりと肯定した。
「・・・左様に御座います。」
いけない。 はやくここから、この部屋から出なければならない。
誰に言われたわけではなく、ただムシュリカは思った。
「名は何と申す。」
見下したまま、彼は命じた。
ムシュリカは押し殺した声を絞り出して、
「ムシュリカ・・・と申します。」
と、はっきり答えた。
彼は鼻で笑った。
「ムシュリカだと? それは『愛にまみえる者』の意か? 『人間』の癖に贅沢な名を持つ奴だな。」
名前はそもそも、顔も素性も知らぬ親から受け継いだものだった。
何か言い返せばよかったが、底知れぬ威圧感がムシュリカを押さえつける。
「代々・・・受け継がれる名ですから。」
許可なく返事をしていいものなのか。
しかし、目の前の者は機嫌を悪くするでもなく、顔の表情を崩さずに言う。
「・・・まあいい。 私はクローディア・ヴェーダルド・ローカダドゥ・ガイラ。 この国を継ぐ者だ。」
ムシュリカの、背筋が凍った瞬間だった。
知っているも何も、その名は皇族の唯一つの御名だったから。
目の前の麗人は、この国の皇太子なのだ。
ムシュリカは呆然として彼を見つめていた。
皇子はしばらくその驚きの表情を見ていたけれど飽きたように話を続ける。
「それよりも・・・私がここへお前を招来したのは他でもない、件の『舞』だ。」
舞への文句をつけに呼び出したのだろうか?
一歩前にいる皇子に怯えながらも、ムシュリカは話を聞く。
「舞譜も変わらず音響も流れも変わらぬ・・・。つまらぬ一興ではあったが・・・、」
彼はムシュリカを見据えた。
「お前は、 なぜあの『詩』を謳ったのだ?」
クローディアの問いは、ムシュリカの核心を突いてきた。
寧ろムシュリカ自身が、なぜ無意識に『詩』を謳っていたのか知りたかった。
「私自身、知りえかねます・・・。」
他に答えようが無かったので、そう言うしかなかった。
その答えにクローディアは、呆れず問いを続ける。
「何も分からずにあの『詩』を歌ったというのか?」
もちろん肯定した。
舞の時の記憶だって曖昧なのに、細かなところまで覚えていられない。
彼は尋ねる度に驚くような相槌を打ったが、冷たい表情は変わることはない。
言葉は前に増してたちまち痛さに変わる。
「・・・お前は、神とは無縁の無信心者だろう。」
礼拝堂の方角を見て、彼は続ける。
「神は存在しない。英雄はいない。祈りは届かない。生きとし生ける者は、在るべくして生まれたものだ。
神の創世など、お前には童謡にしか思えないのだろうな。」
淡々と続ける言葉は、ムシュリカの本心だ。
ムシュリカは彼の声に緊張してか、額から汗を流す。
「だがそのお前が今宵の舞で奏でた『詩』。 あれの意を知っているか?」
無信心者と彼が言ったのだから、私が知りえる訳無いだろう。
馬鹿にされているのを自覚しながらも、もちろん『いいえ。』と答えた。
彼の返答は、ムシュリカの心臓を一瞬止めた。
「あれは3世紀前の稀代の英雄、『密告者・リガリア』の遺言だ。」
英雄の最後の言葉。
そんなこと礼拝の時に祭司長が言っていただろうか。
有りっ丈の記憶を巡ってみたが、話事態まともに聞いた記憶もないので思い出せる筈も無かった。
「この城の禁帯出の史書の中に載っており、私だけが見て知っている『詩』の筈だ。」
ひっ、と息を呑んだ。
つまりは城に忍び込んで、あまつさえ皇族しか読む事を許されない本を覗いたのかと聞きたいのか。
ムシュリカは慌てて言及した。
「わ・・・私はそのような御本、今まで御目通りもありません!」
「そのような事を聞きたい訳ではない。」
「私はただ『詩』を謳っていただけなんです!」
「そんな事は知っている。」
必死でクローディアに訴えるムシュリカは眼が潤んでいた。
彼は溜息をついて、ムシュリカに言う。
「私はお前を罰しに話をしている訳ではない。
皇帝へ謁見の為の時間稼ぎでもない。 お前に、一つの命を下すために呼び寄せたのだ。」
お前を、呼び寄せた。
その言葉にムシュリカは眼を開いた。
ムシュリカを呼んだのは、この目の前にいる皇子だったのだから。
アーサーに、騙された。 信頼していた、あの主人が偽った。
その事実が彼女の一番の衝撃だった。
「如何様で・・・。」
驚きつつも、ムシュリカはクローディアに聞いた。
彼は初めて表情を変えて、彼女に告げた。
「お前の、 お前自身の、 『自由』は私の手の中に治まった。
ムシュリカ、お前は今日もって私の使いだ。 お前は、もう 、どこにも逃げられない。」
それは一つ一つ重みのある真っ直ぐな言葉だった。
事実なのだと、強く思い知らされた。
「うそよ。」
ムシュリカの顔からは表情が消えていたが、直ぐに返って怯えた表情になった。
ムシュリカは、とうとう耐えられなくなって反論した。
「うそよ・・・嘘よ・・・・嘘よ、嘘よ!
『舞』に出れば『自由』って、認められれば解放だって、そう言ったのは貴方達じゃないですか!
皆今までそうされてきてどうして、 なんで・・・なんで私に!
なんでまだ貴方達に強いられなければ為らないのですか! 私はすべき事全てを成し遂げたではないですか!」
私語で、私は何という事を言っているのか。
そう考える暇も無かった。
そのムシュリカの必死の訴えも悲しく、クローディアは冷徹な言葉を彼女に下した。
「外に出た者の所在など知らぬお前が何を言う。
そもそも貴様ら『人間』の自由など誓約した覚えも無い。
勝手な理想にお前達が振り回されているだけだろう。」
確かにサリネの話によると、舞の功労者達のその後は仲間内には曖昧な形で届いてある。
『魔族』は、人間を悪戯に踊らしていただけだったと言うのか。
「そんな・・・ですが、」
言い返そうと力を出そうとするが、彼は言葉を止めない。
朦朧とした中で、ムシュリカはクローディアを見つめる。
「ただ・・・お前の場合・・・。
そのお前の奇知なる力が私の眼に届いた。
その力は我ら魔に在らず、人にも在らず稀有なもの。
ここへ呼び寄せたのも、その力を私の為に活かせたいと思ったが為だ。
恨むなら、その自らの力を恨むがいい。」
その言葉は止めの一撃だった。
死刑の宣告を受けたかのように、ムシュリカは眼を剥いて『ああ・・。』と下を向いて泣き崩れた。
クローディア暫く泣いている彼女を見ていたが、ゆっくりとムシュリカから身を引いて、大窓を開いて外を見渡した。
「か・・せ・・・。」
ふと、静かにムシュリカは呟いた。
「か・・えせ・・・・かえせ・・・返せ・・返せ返せ返せ返せ、 返してぇぇ!!」
ムシュリカは、ただ叫ぶしかなくなった。
夜の冷たい風が当たったかもしれなかったが、 もう何も分からなくなってしまった。
*
「鬼畜。」
アーサーの第一声はそれだった。
積んである本の山を壁越しに、向かいにいるクローディアは言う。
「何だ? つまらない言葉を覚えたものだな。」
その分厚い皮の本に視線を通したまま。
アーサーは今日も今日で、この皇子の退屈の相手をしているのだった。
大陸暦 1429年 某日
今、二人がいるのは宮殿の中の大図書室の一角だった。
昼間の所為か、外の日の光が室内を明るくする。
臙脂色の絨毯の上に、彼の部屋にあるのと同じ黒檀の本棚が二階・三階に高い天井まで届いてある。
人間が一生かかっても読めなさそうな山の麓には数個の閲覧席があり、二人は日光を避けるように端にいた。
「君の新しい『玩具』、ムシュリカちゃんの待遇だよ。」
嫌みったらしく、アーサーは吐いた。
お気に入りの中の一番でもあった故に、彼女を手放すのはとても嫌だった。
何せ彼女は乙女で器量もよく、器用だしよく気が利く性格である。
商売人なら、手放すほうがどうかしている。
それが今回このような事態になって、この有様である。
アーサーも今度は不機嫌になっていた。
「僕の中では最高の『人間』だったんだぞ・・・。」
「・・・それがどうかしたのか。 娘一人・・・傍につかせようが俺の勝手だろう。」
大して罪悪感が沸くわけもなく、クローディアは頁を開く。
アーサーはそれに反感して、本の山をずらして彼を見据える。
「君が横取りしたんだろうが!
あれから一週間・・・。 彼女引っ込み思案になって、笑わなくなったし会えなくなったし!
それに酷過ぎだろあの仕事の量! 僕に比例する程じゃないか!」
椅子から立ったアーサーは、声を荒げてしまった。
ムシュリカが皇子付きとなって以来、彼女はてんてこ舞いな日々が続いていた。
一層無口になったムシュリカは返事を求められるまで言葉は交わさなくなった上に、
『魔族』と違い体力と気力も劣っている人間なので、常に限界まで働いている彼女は最近顔色が優れない。
そのアーサーの顔が鬱陶しいのか、クローディアは本で顔を隠し読み続けた。
「相手は人間だぞ!真面目に聞いてるのか、君は!」
「城に慣れさせる一環だ。 それに『皇太子』付きだぞ?これくらい当然だろう。」
「あのなあ・・・。」
返答と同時に、さもつまらなそうに鼻を鳴らして彼は本を閉じた。
そんな素っ気無い彼の反応に、アーサーは肩を落として溜息をして椅子へと場所を戻した。
この皇子が人に対してのこの反応は今に始まった事ではないだろうと自分に言い聞かせながら。
「・・・・・・君もさ、こんな記憶の墓場にいて何が楽しいんだよ。」
読書嫌いのアーサーはこの古けた紙の匂いの部屋が不快の部類に入る。
その場所に誘導したクローディアの謀だと知りながらも、仕方なく付き合うしかないのだが。
「ただの好奇心だ。」
彼は立ち上がり白い仮面で顔を隠した。
読んでいた本を投げ捨て、本の山を崩して。
そして何事も無かったのように、出入り口へと足を進めた。
彼が崩した山の本を呆れ無言で眺めていたが、アーサーもそれに着いていき樫の戸を開いた。
「その好奇心で、どれだけの奴が動かされていると思ってるんだ・・・。」
ボリボリと頭をかきながら、クローディアに愚痴をこぼした。
しかし彼はやはり素っ気無く、無言の返答をするのだ。
「これからどこ行くんだ。」
機嫌が最悪のアーサーは地下へのエレベーターに乗っているクローディアに尋ねた。
「今再建中の地底開発用の新型機『モグラ』の見物だ。」
ああ、そんなものあったな。
皇帝にも内密に勧めている『計画』の根幹を統べる物。
その責任者は厳密にはアーサーではないのだが、彼もまた関わっている一員ということを思い出した。
納得しながら再び聞く。
「一国の皇子様が無闇に工事現場に行っても良いと思ってるのか?」
「国の皇子だから見に行くんだろう。 行きたくないなら着いて来るな。」
『そこまで言われたら、着いていくしかないだろう。』と、自分に言い聞かせて彼に着いていく。
しかしそれは『捕虜』として扱われている『人間』よりは、幾許かはマシなのだろう。
『捕虜』を動かしている彼自身も、所詮は皇子のクローディアに動かされる連鎖が時々虚しく感じる。
だがアーサーは理解者としてなら快くも感じることもある故に彼の補佐役を降りないのだ。
損は多いが遣り甲斐は感じているから。
地下へ下がる度、周りの概観も錆びた鉄の壁ばかりになってきた。
一番下へ下る頃は、青黒い世界の地下都市が姿を現した。
点々と橙のランプが灯るのは、夜景の光と同じものを感じる。
寂れた家々、廃棄処分された機械の山、頭上に流れる白い煙、寒々しい空気。
それは街のもう一つの姿でもあった。
物珍しそうに旧世代の機械の部品を眺めているアーサーに、クローディアは聞いた。
「お前は、この街が元々何だったか知っているか・・?」
「確か二世紀前までは、片っ端からカダリやハヌマ達を集めて工業用品作らしていた。
中にはショッピングモール、パノラマ館、百貨店が出来る程の人気を経て、人口も徐々に上昇。
・・・が、それは面の顔で、本来の裏面では政府への反乱工作をたてていた不穏分子の溜まり場だった
・・・としか知らないが。」
アーサーの言う記憶の墓場なら、此処でも例える事が出来るだろう。
しかし彼は逆にこの町には執着を表していた。
彼の答えに、クローディアは話を続ける。
「大方は的中だ。」
無人の大通りを真っ直ぐ歩いて、彼らは街の端に辿り着いた。
其処にも更に地下へと進む階段が続いていて、途方も無く感じるアーサーとは反対に
クローディアは躊躇いも無く静かに足音を立てる。
「的中て・・・・まだ答えがあるのか・・?」
「彼らの目的は政府への謀反も勿論の事だったが、目的はそれだけではなかった。」
次についたのは、一面野菜が栽培されている人工畑地帯だった。
先程より生暖かく明るい上に、水路を通して各エリアに水が分配されるように工夫がされてある。
今や、野菜の栽培に太陽光の必要もなくなった。
闇に閉ざされた世界でも、蓄えが可能となったのだ。
クローディアは青い果実を何気なく手に取り触れた。 未だ硬く、食べ頃には程遠い。
「反乱分子がそもそもこの地下に蔓延ったのも、この自然を凌駕する力を恐れたが為だ。
太陽も必要ない、水も扱える、風向きも温度も変えられる。
寧ろ日光は生物に害悪だ。
数多の大地を枯渇させ、生態系を変え、素知らぬ顔も効かなくなった。」
クローディアは果実から手を放すと、彼らは再び歩み始めた。
「発達し過ぎた技術は人々を絶望させてしまった。
地上を越えた文明と技術力を大きく持ち過ぎ・・・自然を疎かに見る者達に、尊さと脆さを訴え続けたって事か。」
「訴えるというには実に、不恰好なやり方ではあるがな。」
年々増え続ける反乱行為に、『魔族』の一同も悩まされていた。
先日の『地帝聖誕祭』の時にだって、反乱は地方で勃発していた。
「それで、街の目的って?」
話の路線がずれていたのに、彼は気がついた。
クローディアは野菜畑の近日の情報を眺めながら、指をさす。
「正にこの、生物の精製だった。」
「・・・植物の増殖と栽培が・・・?」
余りに単純な答えにアーサーは呆れてしまった。
あの巨大な荒廃都市の目的が、このちっぽけな野菜畑とは気が抜けてしまったのである。
しかしクローディアの話には続きがあった。
「植物だけではない。
家畜の栽培を政府が検討している中、彼らは逸早く『人体』の精製に没頭し始めた。
自らの増殖と栽培、そして組織の人員増加と紛争活動の強化を目論んで。」
「・・しかしそれは・・・。」
それこそが、自然に反する行為ではないのか。
アーサーが一言告げようと思ったときに、クローディアは割り入った。
「それすら、自然の摂理の一つだ。 お前達は自然によって生かされているからな。」
「ああ。・・・だが。」
納得していないアーサーに彼は付け足した。
「とっくの昔取り止めとなっている。 大多数が反倫理的で背徳的な行為と論じていたからな。
今そんな事実を知っているのは、俺達のような階級者か当時の関係者のみだ。」
クローディア達は階段を下っている。
明かりも徐々に多く増え、橙の視界がアーサーの目を痛めた。
アーサーは、下って行く先に何が在るのかは知っていた。
それを目にするのが、今になって恐ろしくなった。
「・・・これがその跡地だったのか・・・。」
着いた先は多くの培養槽と緑色の光。
導力節は未だ活動しているのか、設備は良好である。
タイル張りの部屋は、物静かでモーターと電力が回る音しかしない。
この空間が、何故か彼らは気に入っていた。
「いつ見ても不気味な事は変わりないが、・・今日はえらいおっかない所と思えるね・・。」
培養槽の中にあるコケを見つめて、クローディアに呟いた。
水槽内の液体は、いやにドロドロして滑っているのか外からでもわかる。
言葉に出来ない気持ちを、アーサーは苦笑いで彼へ示した。
彼は手馴れた手つきで調節をし、記録を見た後アーサーに言った。
「今ここに残っているのは、培養液に残された細胞で派生した『ヒカリゴケ』と『ホタルグサ』だけだ。
脅威になるものなど何一つ残ってはいない。」
呆れた彼は、隣の部屋にあるエレベーターホールへと足を運んだ。
アーサーはヒカリゴケの一部をくすねると、不気味な部屋からさっさと退散した。
「確かにヒカリゴケは美味しいだけ、だけどね・・・。
でも、細胞が残ってるのはそれだけで問題だと思うけど?」
古いエレベーターは、もう骨組みと足場だけしか残されていなかった。
危なっかしいが、目的地まではもう近い。
こうして下がる度下がる度に、アーサーは自らの危険な行動を思い知ることになるのだが、
この皇子の庇護の下なら、そんな心配は要らないだろうと安易な考えもうかぶのだ。
クローディアに安心しきっている自分自身が情けなくも思う。
それを上まる好奇心が、彼の背中を押し続ける。
今、自分のしていることが楽しくて仕方がないから。
空間は、先程の街と同じくらい広くなった。
街と同じくらいの荒廃っぷりだが人員は相当な数で、周りから会話も耳に入る。
この街は先ほどの地下都市と比べると、対照的な赤い世界だった。
橙色の光はそこら中に灯っているし、赤黒く錆びた天井や壁はその世界そのものを表していた。
更に挙げれば無人でないということだろう。
ここには、人間とハヌマと魔族が入り混じっている街だった。
異様さなら、城と引けは取らないだろう。
アーサー達は正規ルートを通って辿り着いた訳ではないので、ここでは身分を隠していた。
彼らは、フードで頭を隠した。
「よう・・・クロードさん。 本当に引き返す気はないんですか?」
再度クローディアに尋ねたが、彼の答えは無言とで変わらなかった。
それどころかアーサーの制止も聞かず、エレベーターが着いた瞬間歩き始めた。
「話戻るけど、あの培養槽の部屋の事が本当のことだったとして、君は何を考えてるんだ?」
「何も・・・そういう物があったということだ。 今じゃ法螺話扱いだしな。」
「本当かよ。」
クローディアは、やはり無関心だった。
否、アーサーはそうでない事に気がついていた。
彼は、酷く絶望しているのだと。
「・・・・人間がハヌマがどうなろうが、・・・国が滅ぼうが魔族が消えようが、・・・・知ったことか。」
道を通るたびに挨拶されるのを、アーサーは彼の代わりに会釈して返した。
彼が路上で恐ろしいことを口にしているのを、アーサー以外知る者はいない。
「・・低迷した、行く末のない世界なんぞ・・・滅べばいい・・。」
「・・・・・やめろ、クロード・・聞こえるぞ・・。」
無表情で言ってのける彼を、アーサーは真剣に制止をかける。
「反乱だの、革命だの・・・好き勝手に起こしてみろ・・。」
クローディア達は、最後の扉の前で立ち止まった。
城の城門ほど高さのあるその鉄格子の奥で、巨大な螺旋刃が地面を向いて吊るされてある。
パチパチと火花が、上部で光っているのがわかる。
「こんな場所まで態々いらしゃってくれたもんだあ!」
クローディア達の所へ、一人の男がやってきた。
アーサーは駆けつけて来た彼に問う。
「エンディオ工場長!開発状況はどうだい?」
短髪の黒髪の男は、二カッとして答えた。
「ええ! 順調に進んでおりますよ!」
中年ほどのその男は、作り上げた傑作を見上げた。
クローディアは、その男に告ぐ。
「近いうちに完成しそうか?」
「勿論ですとも! 皇子様の協力なしにゃあ実現には至らなかったでしょうから!」
豪快に笑って、男は工事現場へと帰っていった。
彼らは工場長エンディオの後に歩いてついていく。
「いつ見ても喧しい男だ。」
エンディオの豪快っぷりに多少押されたクローディアは、肩を落として言った。
それに工場長の真似をして、アーサーはクローディアに言った。
「だから僕が選抜したんじゃないか! あれ位なきゃ工場長は務まらないだろう?」
歩くたびにカンカンと音が響く足元には、大勢の多種族達が整備しているのが見える。
中には気軽に魔族の者と話し合っている人間や、魔族の者も積極的に設備に取り掛かっているのがわかった。
ここには差別を考える程、気を回してはいないからだ。
彼らは命を懸けて、この作業を行っているのだから。
目的地まで、もうそろそろ着く頃だ。
アーサーは一つ消化されていない問題を思い出した。
それは終っていなかったムシュリカの件だった。
やはり彼の理由のない行動が、納得いかなかったのだ。
「それで、お前の言う今までの話が、ムシュリカちゃんとどう関わっているんだ?」
前へ進んでいた彼の足が止まった。
「先ほどの話をお前は聞いていなかったのか?」
そういう物があっただけだと、彼は確かに言っていた。
「だって君はこの場所の話なんて今まで一度もしなかったろう? 何で今になってする気になったんだ?」
「さあ、何でなんだろうな。」
いつもの彼と何かが違った。
理由がどうであれ、ムシュリカがいるその事が、ここと何かが直結しているのが分かった時だった。
アーサーは食いかかる。
「なあ、ムシュリカちゃんを選んだのって、本当に『詩』が切欠だったのか?」
彼は返答しない。
「彼女が謳う姿を見て・・・、まさか似ているのか?」
彼は返答しない。
「僕は絶対に君が、」
アーサーが言おうとした時、
「黙れ。」
と、クローディアはアーサーに釘を刺した。
殺気に満ちた赤黒い瞳で、彼へ制止を命令した。
アーサーもそれに慄いて、言葉をとめた。
その顔は、酷く切なそうで。
「当事者でもないお前が出張るな。」
前へ向いたクローディアは再度告げた。
アーサーは彼の言葉通りに、以後黙ってしまった。
二人が着いたのは頭上に美しい螺旋が描かれた、エンディオの傑作の下部だった。
エンディオが再度姿を現したときは、アーサーも元の陽気さを取り戻していた。
もちろん空元気でだが。
「お二方、ご覧下さい! これが新型モグラ『マフナタリス』!」
目を爛々と輝かせる彼は、少年のようだ。
宝物を自慢するような、夢に満ちている。
「これで俺達は、世の中をひっくり返す!」
クローディアとアーサーは遠い目をした表情で、その銀色の建造物を見つめた。
辺りに点々と灯る代々の光に、銀色の刃はとても輝かしかった。
了