ラクシュミ 〜天啓の詩〜










     『序章』  Rivalsa T





   深くて 冷たくて まるで微睡んでいるかのような、


   駆けるでなく 歩むでなく、


   流れるがまま 傀儡のように生き それに嘯いて、


   騙し続けて 逃げてきてた。



   とても大きな 大きな記憶がありました。

   忘れないであろう、それに何度も裏切られ傷つくであろう。

   その欠片が、私は何よりも捨てがたく、 何よりも苦しかった。









   『潔斎の日』





   重く 硬い物が 何度か頭の中で響いた。



  「××××。」




   簡潔に、哀れみを込めた言葉。

   それには悪意と、怨恨もこもっている様に聞こえた。


   ああ、それは確か私の名だ。 こうして聞くと酷く懐かしく感じる。   


   かつて多くの人がその言葉を 私の名を、 信頼と希望を口にしたけれど

   もう、これきりなのだろうか?


   呪われた言葉と、侮蔑の意味に変わってしまったから。

   もう誰も、  呼ぶこともなくなるのでしょう。


   それが、いいのかもしれない。

   少し寂しくは在るけれど、

   その方が、私にとっても 気が楽で 何故か心地よい。




  「戦犯者。 聞こえてますか?

   罪状は、刑の執行は 耳に届いてましたか?」




   罪 か。

   言葉にすれば、なんて安易な単語だろう。


   そうだ、背負わなければ。

   全てを。 悪夢と犠牲を。


   でも元凶は、私。


   だから、  代償が一気に溢れて 吹き出てきた。

   抉じ開けてしまったのだ。

   絶えられなくなり、決壊した。




   私は この世で最も冷酷で、最も孤独な場所にいる。

   周りは恐ろしいほどの沈黙と、殺意と、哀切の空気で渦巻いていた。

   私の姿は、 たしかに見えていた。

   未だこの世にいるのが不思議だ。


   しかし、周りは見えなかった  一面の暗澹とした広い部屋だった。

   音はないが、闇の侵食は耳に少しずつ響く。


   優しくて、なんて恐ろしいのだろう。  ひたすら、苦しいだけの世界。




   なんで生ける者は、 自らも  苦しめるような世界を創ったのだろうか?

   何故  自己を追い詰めるのだろう。





   この場に 幾度と立たされたが、 何度も思い返す。

   その度に、 私は人を裁く者ではないのだと 思い知らされた。




  「―――――ええ、 存じております。」



   私の名を呼んだ その虚空に向かって答えた。

   虚空の声は 何を思ったのか黙っている。

   私の声は、私の中に何度も響き渡る。



   今、 私はどんな顔になっているのでしょうか?

   指で頬に触れると  手の冷たさが伝わり  指からは頬の温さが分かった。



   ああ、 生きているのか。


   喜んでいいのか分からず、 少し複雑だ。




  「私は貴方がたの裁きの元 罪の基 謹んで、この身を差し出しましょう。」


   途切れ途切れに、私は言葉を選び  闇に伝える。




   私は声が低かったのであろう  しかし周りは物音一つしない。

   広い空洞に大きく 私の声は響き渡った。


   その一言が終った途端に、  周りから悲哀に満ちた嘆きが私に集う。

   嗚咽  轟音  悲嘆  憤怒。





   周りには 私の周りには   まだ   人がいたんですね。

   心が  砕けるような  言葉と共に。




   それを、 私は  その声全てを受け取りましょう。

   あなた方からの 最後の贈り物として。



   受け入れます。 受け取ります。

   だから、  血も  泪も  呪いも   もう流さないで。

   怖いの。







  「貴方の祖国の保護は、対国ウェーダルドに。

   国民の保護も彼らに託すと、 協定調印も ウェーダルド現皇帝が請け負いました。

   貴方はこれについて異論は?」



   私達は傷つきました。

   たくさん傷ついて、たくさん呪いました。



   彼らも傷つきました。

   恨み、苦しみ、みんな壊していきました。



   お互いに もう戦は避けたいのでしょう。


   知人も、そうでない方も、

   思い知らされたのでしょう。



   群盲の衆は 




   私がいかに  ただの人であるかを。





   もっと酷い事態が起こる前に 先鋒が止めてくれて良かった。

   和平交渉を持ちかけてきたのも  確か彼らが先だったから。





  「  最善たる事を彼らが行ったにしても、  心はまだ否定しています。」




   納得 なんてできない。

   許せない 憎い 殺したい。



   これ以上ここにいれば 本能が露になりそうだ。 狂い、叫びそうだ。




   周りの声はますます高まる。

   それはまるで、一つの曲の調べのように思えて 私は目を閉じた。


   海の中みたいだ。   広くて 狭い。


   冷たくて 寂しくて   取り残されたみたいで。

   でも、 優しかった。  何度も、考え直しても その言葉ばかり浮かぶ。






       そろそろ 私も心を決めよう。


   名残惜しいけど、 何度も間違えたけど  悔しいままで

   どうにも出来なくて  悲しくて  何度も泣いたけど。


   それを抱いて。






  「最後に、  何か言うことは?」


   虚空の言葉は   最後に言った。




   サイゴノコトバ。

   一見意味は分かるのにも関わらず、呪文のように脳裏に何度も繰り返した。



   私の生き筋を表す言葉。


   探した。


   ここに来る前も探した。


   今まで 知った言葉で 思いつく限り。


   でも・・・








   天の王




   地の掟



   この二つが、どうしても私の中に遮る。





   惨い。





   目眩の衝動がおきる。






   嗚呼、  どうか  許して ――――様。






  「・・ ――――――  ・・・。」







それが   私が私にした    最後の約束でした。





   了