ラクシュミ 〜221譜の讃歌〜





     『序章・完全大政』  Randagio








   『 我々が栄華なる台を永遠に統べることが出来ようとも

     その足元には過多なる修羅と餓鬼が徘徊する事を忘れなかれ。

     常に我等は死と猜疑の恐怖に怯え、耳と眼を塞いでしまうが恐れることはない。

     魂でそれらを見定め、全てを包み込み受け入れる意思が彼等の贄となり盾となろう。


     《鬼窟 第六節》   ヨニ・ガイラ 』








   大陸暦  1429年



   帝都シャクルム   女性寄宿舎  朧月楼






   鏡と暫く顔をあわせていたが、私的感覚でおかしな所は無いと思う。
   指定されてた衣服とは違い、私が選んで着てみた。
   何分一般の言う御洒落だの化粧などの縁が薄かった故に、この頃は常に不安である。
   改めて見ると、数週間前の自分とは同一とは思えないほどの変化だ。
   麻の薄着一枚だった私は、この美しい衣服に袖を通している。

   こんな高価な髪飾りを私が身に着けても良いのだろうか?
   こんな美しい衣服を着飾った私は可笑しくないのだろうか?
   ここに住んでいいのだろうか?

   余りある悩みを主人(元であるが)に尋ねたが、何も心配は要らないと彼は言うだけだった。
   彼に裏切られた、捨てられた。
   そんな心の鉛は未だ私を縛りつけ、頭の中を引っ掻き回す。
   彼は少なくともそんな事は茶飯事ではあるのだし、売った彼にしても大して気に病むことは無い
   小さな出来事なのだと思えども、心は否定し続ける。
   彼は商売人なのだ、彼はあくまで『魔族』なのだ。
   でも、私は認めたくなかった。

   『魔族』でも、彼は最後まで信頼できる人だと思っていたかった。

   彼は何事も無かったの様に今まで通り接してくるが、彼に対して笑顔を現す事が下手になった。
   彼に限るわけではない、ここ最近全ての人間にである。
   その笑顔に、内心怒りと憎しみを思った。
   その優しさに、虚しさと悲しみを覚えた。

   私は、様々な事にを信じられなくなってきた。


   荒んだ気持ちで自分の部屋を見回す。
   大窓と白いカーテン、赤い絨毯、骨董価値のありそうな机と箪笥。
   それら全ては私の為に用意されたものだという。
   私たちは家具など無かった。 あったのは課せられた仕事と寝床だけ。
   未だに抵抗のある家具は使い慣れない上に触れるときも緊張する。
   この生活に慣れるには程遠い。

   窓の外を見ると城に勤める召使の人達が次々と出かけている。
   いつもの出勤の時刻になっていた。 サリネを迎えに行くことにした。


   サリネも『夜会』の日以降、皇帝陛下に城使えを命じられ、同じ寄宿舎に移住している。
   城への用も多かった彼女は、この場所に移ってからもその態度は変わらなかった。
   それこそ始めは酷く憤怒して抵抗をしたものだったが、私が大人しく仕えていれば彼女も自然に合わせてくれた。
   城の外で知る唯一の同僚だったので、サリネは私の心の支えだ。

  「用意できた?」

   1階下にある彼女の部屋の樫の扉を叩く。
   部屋内から返事は無かったが直ぐに扉は開いて、彼女も優美に着飾っていた。
   いつも見惚れる美しさだ。

  「お早うムシュリカ。 調子はどう?」


   一昨日の晩、私は仕事の後直ぐに寄宿舎で倒れたのだ。
   仕事の量と、そして皇子様の前のプレッシャーで、身体に限界が来てしまったのかもしれない。
   皆、『これだから皇太子は御免なのだ』と口にする者が多くいたが、それを言った所で辞めるも何も無いのである。
   文句は全て、権力の前で黙秘となる。
   私は職務を全うするほか無いのだから。

   結局は一日休みをもらってサリネの看病のもと、安静していた。
   今日から再出勤だが身体は相変わらず重いまま。

   私はそれに気づくと、笑って答えた。


  「大した事無いよ。 それに今日は今までで一番調子が良いの。」

   サリネは、微かに笑顔になった。
   私の体調を一番知っているのはサリネだったから、空元気なのは見えているかもしれない。
   だがそれは、ある意味で真実である。
   ここ二日間のサリネの対応で、私は気持ち的には安らげたのだから。
   彼女の不器用な優しさと心配はとても嬉しかったから。まだ頑張れると思えたのだから。
   サリネには、いつか別の形で恩を返したいと心に留めた。

  「それじゃ・・・行こうか。」

   扉の鍵を閉めると、私たちは徒歩で外へ向かった。
   今日の仕事は、まずは彼へ会ってからだ。



   *



   長い廊下に乾いた衝撃音が響いた。
   真実を告げられた彼女は、彼を詰り続ける。
   彼の片頬は月明かりの中、赤く染まった。

  「お前、最低だよ。」

   その声は酷く低く、また侮蔑がこめられた冷徹なものだ。
   真摯に受け止めようと心に決めたものの、実際に当たれば此れ以上苦しいこともない。

  「ああ、知ってるさ。」

  「信じてたんだよ。 多少なりとも。」

  「そうだったのかい。」

  「あの人見知りのあの子だって、あんたの事いつも。」

  「・・・気付いていたさ。」

   自らへの嘲笑を込めて、彼は淡々と彼女に言葉を返す。
   それが更に彼女の逆鱗に触れたか、彼女は声を荒げた。

  「皆、お前らに騙されて! 在りもしない幻想に取り付かれて、そうして傷ついていってるんだ!」

  「・・・・・・ああ。」

  「苦しいくらいなら何故抵抗しない! お前は!
   出来た筈だろうが! 反論して上手く言いくるめて、本当に『自由』にさせる事だって出来た!
   お前だって望んでいたはずだろう! あの子が一番望むことを叶えるのを!
   今すぐ撤回しに行け! そうして・・・、」

   それは、もう無理なんだ。
   必死な彼女に彼はそう告げる事が出来なかった。
   あの子の『自由』は、もう新たな主の意思の内にあるのだから。
   酷く崩れた笑顔で彼は答えた。

  「僕は、『魔族』だ。」

   彼女の顔が歪む。

  「言い訳にしている事は分かってるさ。
   だがそれが僕が彼にしてあげられる唯一の事だから。

   いくら君に何を言われようが、僕は改めるつもりはもう無い。」

   彼女は背を向けて帰路へ歩く。
   彼の言葉をそれ以上聞いていたのかも分からない。


  「それでも僕は、僕の力で彼女を支える。」

   廊下には二人きりだったので、遠くまでよく聞こえただろう。

  「彼女がそれでも生きていこうとするなら、 僕はいくらでも協力するよ。」

   既に彼女の姿は見えなかった。
   冷たい廊下に、彼の言葉は闇に消え入った。

   月の無機質な光が、城を照らしていた。   



   *



   目が覚めると、外の鬱陶しい眩しさが目に付いた。
   皇太子クローディアは、肌蹴た姿で寝床から身体を起こした。
   目覚めは最悪の一言に尽きる。
   それは常々変わらないのだが、今日ばかりは朝日が昇る頃に起きなくては成らない故、仕方なくである。


   部屋の隅にある柱時計を見ると朝食の時間はとうに過ぎていた。
   そろそろ彼の傍に仕える者が尋ねる時刻でもある。
   彼は服立てに掛けてあった略服に着替えると、カーテンを開き外を眺めた。
   丸で街が燃えているかの様な光景に、さも感心せず直ぐに飽きた。

   クローディアが設置されてあるテーブルに座った時、西の礼拝堂の鐘の音が鳴った。
   礼拝堂の門が開かれる時刻である。
   彼は馬鹿馬鹿しく思う反面、その鐘の音を聞き続けた。

   丁度、小さい鐘の音が別の方向から聞こえてくる。
   扉の方向からである。 彼は誰が来たのかわかっていた。


  「ムシュリカです。 ・・・朝のお茶を、ご用意致しました。入室しても宜しいでしょうか?」

   相手へ譲るように尋ねるその声は、彼が雇った侍女である。
   無言の返答にて、彼女は音ひとつ立てずに静かに入った。
   これは、彼の合図である。
   必要以上に人との関わりを好まない皇子は、ムシュリカにそう教えた。

  「お早う御座います・・・。
   その・・・今日は、主に南の地方の茶葉を扱ったようです。」

   挨拶を兼ねて、ムシュリカはティーカップに茶を注いだ。
   その際、この皇子の目をまともに見る事もできない。
   横目でクローディアはその手際の良い召使いの様子を見ている。

   影が含んだ、寂しそうな笑み。

   あの出会いの日以降、彼女のこの態度以外は伺えない。
   というよりも、彼が彼女をそう変えてしまったと言えるのだろう。


  「・・・・・・何故お前が運んできた?」

   クローディアの突然の問いかけに、ティーカップをテーブルに置いたムシュリカはぴたと止まった。
   不安そうな顔を彼に向ける。

  「あの・・・それは、」

  「茶なら何時もは別の奴にやらせている。
   なぜ今日に限ってお前が茶を運ぶ必要があるのだ?」

   この皇子は人を困らせる質問ばかりするという。
   つい最近アーサーに会ったムシュリカはそれを知った。
   しかし、何時もとは違う者が茶を運んでくるなど確かにおかしいのかも知れない。

   その質問に、ムシュリカはたどたどしく返答した。

  「その、何時もお茶を運ばれていく方は別件の仕事が入りまして、今日のこの仕事が私に回ってきて・・・。」

  「・・・俺に仕えている奴が、他の仕事に執心していると?」

  「そういう訳では・・・。
   ただ、今日の仕事の予定によれば、私は午前中に予定がなかったもので・・・。
   アーサルト様から、仕事をもらった由に・・・。」

   アーサーか。
   そう一言呟くと、彼は優雅な手つきでカップを持ち、喉に流し込んだ。
   不味いとも、美味いとも言わず、彼は一口飲むとそれ以降飲まなかった。


   ムシュリカはそれ以降はずっと彼のそばから離れず、部屋の隅の椅子に座り、彼の命令を待つのである。
   彼の指示が下るまではその場から離れることも、近づくことも許されない。
   ムシュリカは歩み寄ろうとも、関わろうとも考えてもいなかったから、丁度よかった。

   サリネほどの嫌悪は抱いてはいなかったが、ムシュリカはこの場所が苦痛だった。
   柔らかい筈の椅子が、岩のように硬く感じることが幾度となくある。

   クローディアの威圧感は、彼女に緊張の糸を解こうとしなかった。
   当の本人には、無意識だが。


  「倒れたらしいな。」

   クローディアは視線を本に向けたまま、ムシュリカに言った。

  「・・・はい、ご迷惑をおかけしました。」

  「全くだ。 お前のお陰でどれだけの者に時間と労働の迷惑を被ったと思っている。
   少しは自分の立場も理解したらどうだ? 『皇太子付き』は不吉だと、他の者たちが仄めかしているだろうが。」

  「・・・・・・。」

  「今の所、この職種はお前一人しかいないのだ。 体調くらい管理しておけ。」

   淡々と告げたあとに、再び彼は本に集中した。
   ムシュリカは更に気が滅入った。

   サリネの労働と休息、他の召使達の時間を狂わせたのは他でもない自分の所為である。
   彼の言うことは尤もだ。
   素直に受け止めるしか、なかった。

  「・・・以後、気をつけます。」

   小さな声で、ムシュリカは遅れて答えた。
   それが聞こえたのか、彼は話を始めた。



  「ここへ来い。」

   彼が、今日はじめて命令を下した。
   ようやく来た仕事に、ムシュリカはいそいそと彼の元へとやってきた。

  「何か・・・?」

   なるべく笑顔を心がけるが、どうにも顔がそれに応じない。
   近づいたムシュリカにクローディアは尋ねる。



   *



  「『お前は文字が読めるか?』」

   昼食中のサリネはムシュリカの話を止めた。
   頷いて、ムシュリカは昼食の手を進める。

   今日は城の空中庭園、日当たりの良い木陰にて食事の席を取った。
   そこは彼女達侍女や、兵士達の憩いの場として扱われる特別な場所。
   木漏れ日がさす中、城の度ある仕事の疲れを一時の休息にて彼らは『自由』だ。
   両名は上級侍女であるので、夜会の時ほどではないがそれなりの食事を取ることができる。
   そこへマニカが答える。

  「私ら『人間』だから、人間の文字は読めても『魔族』達の文字が読めるわけないじゃん。」

   傍らにいたヴァシュクも頷いてムシュリカの昼食を食べていた。
   彼女達二人もアーサーの計らいで、城へは偶にではあるが入場できるようになったのだ。
   なるべく知り合いがいた方がいいからという事であろう。
   アーサーはムシュリカに対して、自責の念を隠せないでいた事は明白だった。

  「そうだよなぁ。 でもさ『ヨニ教』経典が多少読めるのなら、ムシュリカだって『魔語』が読めると思うけど。」

   サリネは再び食事に集中する。 自らの食事を、マニカに分けつつ。
   出会う回数が増えたお陰か、サリネとマニカ達二人に確執が無くなりつつあるのだ。
   たった数ヶ月であるのに、人の協調性とは計り知れない。
   それに喜ぶ反面、サリネという秘密の友人が周囲の人々と仲を持ち始めるのに寂しく思う。

  「経典は『魔語』を『人間』と『獣人』が読めるよう要約したものだから、私も文字には明るくないわ。」

   読めたところで、あの皇子は何と言うのだ。
   やはり禁帯出の本を読んだのかとでも言うのであろうか。
   質問をされた際、先ほどのマニカのような返答をして正解だったと思った。

   だが、それを聞くなりその皇子は、


  「『なら、文字を読めるようになるんだな。』・・・か。」

   マニカはそう言うと、ムシュリカの傍らにある皮の本を覗いた。
   その皇子の言葉以降、ムシュリカは食事のときでさえ『魔語』の本を手放さないでいる。
   彼の要望どおり、ムシュリカは文字を学ばなければならなくなったのだ。
   今も片手に食事、片手に辞書と面倒な体勢で三人と話していた。
   中を広げて読もうとしても意味不明な文様がずらっと並ぶだけで、当然他の三人も読める筈がなかった。

  「人間の大商人なら読めるにしても・・・私たちじゃあなぁ・・。」

   ムシュリカが皇子付きという大職を背負ってから、マニカ達も出来る限り協力はしているが、
   城の毎日が新しい出来事と出会いばかりで、焦っているムシュリカを宥めるだけであった。


  「で、その元凶である皇太子様はどこに?」

   荒っぽい言い方で、サリネはムシュリカに聞いた。
   ムシュリカは何も言わず、向かいにある二階の大窓を指した。(正確には二階ではないが)
   窓にはカーテンがかかっていて中の様子を知る術はないが、その場所が何か知っているサリネは答えた。

  「豪勢な昼食ですか。 ・・・そう言えば、アンタは持ち場を離れて大丈夫なの?」

   ムシュリカは常に皇子の傍に付いていなければならない。
   だが、それに彼女は答えた。

  「アーサーさんが、昼食時だけなら休んでもらえる様にしてくれたの。」

   フンと、少々機嫌の悪くなったサリネはガツガツと食事を早めた。

  「あの馬鹿男め、こんなことで私らの気が晴れたとでも思ってやがるのか? ロクデナシが!」

   夜会の日以降、アーサーに対してのサリネの態度が悪化したのも目に見えていた。
   どんな時でも変わらぬ態度が彼女らしさと言えよう。
   そんなサリネがここ最近ムシュリカに『皇太子』の悪態を吐くのも、日常と化しているのは当人達には秘密だ。
   散々元主人への文句を散らした後、食事が終わるなり体勢を整えてムシュリカに聞いた。


  「・・・ムシュリカ、あんたは皇帝に会った?」

   ムシュリカは元々、皇帝へ謁見する為にサリネと共に、『夜会』の一次会が終わるまで残されていた。
   それが、実は呼び出したのはクローディアで、彼はムシュリカを『皇子付き』にして拘束したのだ。
   それ以降、事ある毎に皇子への奉公が始まったのだが、皇帝への謁見は確かにない。

  「・・・一度も無いと思う。
   皇太子様の傍にいる人でも皇帝陛下にお目通りする事って無いのかな?」

   不思議なくらい無かった。
   皇帝へ面会する機会はここ数ヶ月幾らでもあった筈なのに。

  「・・・おかしいな。
   私は・・・そこまで城に詳しいわけではないけど、『皇子付き』って皇太子と何時も一緒にいる事が仕事なんだから、
   皇帝へ会う機会は多い役職のはずだよ。」

  「え? でも私は・・・、」

   只の一度も。
   何故、逢うことが無いのか。
   ここ数ヶ月間、確かに皇太子の皇帝陛下への謁見は幾度と無くあったが、そこへムシュリカが一緒に出向いたことは無かった。

  「どうして、なんだろう?」

  「・・・・・・・・・・・・。」

   マニカがムシュリカのパンを頬張りながら、腕を組む。
   しばらく無言になって皆は考えていたが、サリネは立ち上がって背筋を伸ばした。
   そして木漏れ日の光を遮りながら言った。

  「何にせよ、どっかの誰かがそうしているとしか考えられないだろう?
   ま、私はそのどっかの誰かの意見に賛成だけどね。
   謁見はお勧めしないな。」

   『私は皇帝嫌いだしさ。』と付け加え、いつのまにやら片手には空の皿が積み重なってある。
   手をヒラヒラ振りながら、その場を後にした。
   その後ろからヴァシュクが着いて行って。

  「どこ行くのさ?」

   サリネに代わって、木に寄りかかったマニカは二人に尋ねた。

  「出勤時間。 と、野暮用。」

   二言そういうと、サリネ達は出て行った。


  「野暮用ってさぁ、私未だサリネもヴァシュクも謎だな・・・。」

   謎があるってまあ、魅力の一つだけどさ。 と、マニカはぼやきながら、見送った。
   仲間たちの話は差し置いて、ムシュリカは一人勉学の世界に入り込んでいた。
   文字の一つ一つ。 読み方、意味、並び方と。
   だが、独学では限界が近いものがあった。

  「駄目だ。 こんなものじゃ・・・捗りがつかない。」

   額を抱えて、ムシュリカは前屈みに突っ伏した。
   ため息をついて、マニカは提案をした。

  「ねぇ、ムシュリカ。」

   質問するのが多少戸惑いがあったものの、ムシュリカに言った。

  「・・・・・・アーサーさんなら、教えてくれるんじゃないの?」

   その言葉に、ムシュリカはゆっくりと起き上がり本を見つめた。
   アーサーに、彼に教えてもらう。 
   それは彼とまた関わること。
   彼が、私に、今更関わってくるのだろうか。
   顔が沈んだ。

   言葉を返さないムシュリカにマニカは言う。

  「確かにムシュリカにした事・・・酷い事と思うよ。
   私だってこんな事になるなんて思ってもみなかったし・・・。
   アーサーさんが、そんな事するなんて裏切られたって思うよ。」

   『捕虜』が『皇太子付き』に。 その衝撃が如何に大きかったか。
   瞬く間に、『捕虜』の仲間内で噂として広がった。
   『でも・・、』と、マニカは言葉を続けた。

  「でも最近のアーサーさん・・・本当に本当に寂しそうなんだ。
   その原因がムシュリカにしたこととは確信は出来ないけど・・・。」

   アーサーの変化。
   ムシュリカと同じく、彼も笑顔に陰を持つようになった。
   それはムシュリカも気付いていた。

   だからこそ何時までも苦しめばいいと思うのは、とても罪深いことなのだろうか。
   だが、
   彼に科せられた罪悪感によって苦しむ彼を見ても、ムシュリカの心が晴れるわけも無かった。
   しかしアーサーが何時も通りに振舞うのは、納得はいかないし腹は立つ。
   二つの葛藤が、ムシュリカを苦しめていた。


  「私はきっと・・・許せないの。」

   ムシュリカはポツリと呟いた。

  「出来るだけ、避けたいと思うの。」

   負い目がある訳ではない。
   寧ろもっと後悔するといいと、思ったことがあった。
   でも彼が苦しむ姿を見続けるのは、ムシュリカにとっても拷問でしかなかった。

   なら、私はどうすればいいのか?
   ムシュリカは、そう言うしかなかった。
   沈んだ彼女の様子を覗き込みながら、マニカは元の体勢に戻った。


  「許さなくていいんだよ。」

   マニカは前を見据えて、ムシュリカに言った。
   下を向いていた彼女は、マニカに顔を向けた。

  「今は許さなくても。 いつまでも許さなくても。
   ムシュリカが何時までも許さないのなら、許さなくていいし。
   許したいのなら、許せばいい。 ただ其れだけの事だよ。」

   何があったのか。
   マニカはいつの間にか、下を向いていた。

  「私だって、許せない人いるんだ。」

   声は低かった。
   彼女にも彼女の抱え思うものがあるのだと、この時知った。

  「誰が?」

   馬鹿。 何を聞いているのだ。
   マニカの過去を抉るような事を、好奇心で彼女を乱していいのか。
   ムシュリカは自分自身に後悔した。
   だが逆にマニカは、気を悪くしたのも無くゆっくり言った。   

  「今は、まだ言えないけどね。」

   それ以上は、ムシュリカは聞けなかった。
   聞くべきではない。
   そう思っただけの事。


   空気が重くなったと思った時いきなり、マニカは話を切り上げた。

  「まず勉強教えて欲しい事に、許す許さないは関係ないでしょ?
   アーサーさん、今日余裕あるって聞いたから宮殿の図書室にいると思うよ。」

   木陰から立ち上がると、マニカは出口へと立ち去る。

  「ムシュリカも苦しいなら、さっさと憂さ晴らししておかないと!」

   ムシュリカ前に振り返って、満面の笑顔で彼女はそう言った。
   マニカがそう言い残して、ムシュリカは一人残った。
   呆として暫く出口を見ていたが、手元にあった本を見てマニカの言葉が繰り返しムシュリカに行動を告げる。


  「本当は、許す許さないなんて、考えても無かったんだ。」

   と、独り言をムシュリカは木漏れ日を見上げて言った。



   *



   数又とある紙の山。
   これら全てが、アーサーに課せられた今日の分の仕事である。
   国中の人々の意見書、時期闘技大会の予算書類、午前の会議で決定した新たな条約制約書等々。
   これが今日中に終わるとは、とても思えない。
   そもそも、この分の仕事の量はいつもの倍に等しいので、あの皇太子の嫌がらせとしか思えない。

   こうして、好きでもない図書室に場所指定までしているのだから。


   そもそも火の粉は自分がまいた種なので自業自得といえばそうなる。
   だが仕事が捗らないのも先ほど元部下たちの献言によるものだろう。
   それに心が占められて手につかなくなっている。
   ここまで人間臭くなってしまった自分を、先祖や同胞たちは笑うだろうかと
   彼は苦笑しながら椅子に寄りかかった。


   罪悪感という感情が魔族にも存在するなら、今正に彼はそれに悩まされている。

   今まで、商売という商売は彼の得意手ではあった。
   物資の交易、異国の者達との交流、皇族からの厚い信頼。
   望もうと思えば、魔族の彼は全てやりこなす事が出来た。

   だがこの数ヶ月前、生まれて初めて『人』を売った。

   確かに、彼は今まで『人間』を買っていった。
   それが誰であれ、手厚く迎えてきた。
   確かに、『人』の商売も彼の仕事のうちだった。
   だが、彼は何も手放したくなかった。
   『人』も『信頼』も、『名誉』も。
   人を売るような奴は『最低』と罵っていた者に、避けたかった者にだけはなりたくなかったのに。
   誰も彼を止められなかった。

   誰より傲慢で、全てを手に入れたがる狡賢い。
   そうでなければ、商売などやってはいけない。
   その頂点に近い場所にいる彼は、誰より理解していたはずだった。
   だが、どう理屈を立てようと否定したい自分がいることは騙せなかった。

   理解しているからこそ、苦しいのだ。
   納得しようとしているから、何時までも悩んでいるのだ。
   その懺悔をムシュリカに告げたかったが、彼女に会う時どうしてもその話をしたくない。
   そうした矛盾もまた彼の苦しみのひとつだった。


   終わりの無い悩みに、彼を救うかのような扉の鈴が鳴った。
   講堂のような広さの図書館に、乱反射して音が伝わる。


  「誰だい?」

   少々疲れのこもった彼の声に、戸惑いがあったものの遅れて声が返ってきた。

  「ムシュリカです。 差支えが無ければ入室してもよろしいでしょうか・・・?」

   突然の来訪。 彼女の声に、思わず立ち上がってしまった。
   そして同時に言い知れぬ不安を覚えた。

  「・・・ああ、構わない。 入りなよ。」

   歯切れの悪い答え方は、彼が動揺を隠せない事を語っていた。
   軋む扉の隙間から滑る様にして入ると、静かに扉を閉めた。
   再び正面を向いた彼女の手元には、二冊ほどの分厚い本がある。

   クローディアに本を戻しておけと頼まれたのかと、アーサーは思った。

  「皇子に頼まれたの? だったら、そこに置いといて。 僕が後で戻しておくよ。」

   折角来た彼女に何を言っているのかと自身を叱った。
   本当は、誰より会って話がしたいと思ったから。
   だが彼女の答えは彼の意図を外したものだった。

  「・・・違います。 皇太子様は、今日も午後の仕事は取らなくてもいいと。」

  「え? そんな事をあいつが?」

   ムシュリカに気を使っているのか。
   確かにムシュリカの体調が優れないことは、クローディアの耳にも届いていたが彼がその事に気を使うとは思えない。

  「ただ、その私は、・・・アーサーさんに聞きたいことがあって。」

   それは、あの夜会の日、 彼が裏切ったことだろうか。
   ああ、軽蔑しても構わない。何を言われようと今の君なら許せる。
   覚悟を決めて彼はムシュリカの言葉を待った。

  「・・・皇太子様が、命じまして。 ・・・その余裕があるのなら・・・。」

   恥ずかしそうな、また抵抗がありそうな表情でムシュリカは本を握り締めた。
   しかし彼の意図は、またしても外れた。

  「私に、『魔語』のご享受をお願いしたいのですが・・・。」

   ああそれが目的か。
   彼の目的は、アーサーをとことん悩ませること。



   午後からは大降りの雨が都市中に降り注いだ。
   温暖な気候のこの国は雨の日は冷やかに又薄暗く、蝋燭の灯火を頼りにムシュリカはひたすら文字に勤しんだ。
   そんな熱心な彼女の傍らに彼もまた職務に勤めた。

   彼女から頼みごとを聞くのはアーサーが思い出す中、初めてのことだ。
   しかも文字を教えて欲しいなど、文才・詩才に長けているアーサーの又とない願いだった。
   勿論、二つ返事で快く承諾した。
   一つ一つ丁寧に納得のいくまで彼女は尽くしていた。
   真剣な彼女の励みに彼は天気と共に複雑ではあったが、罪滅ぼしの気持ちで彼は心を落ち着かせることが出来た。

  「あの、アーサーさん。 ここはどういう意味ですか?」

  「これはね、主に――、」

   彼女の小さな質問でさえ彼は呆れもせず付き合った。
   彼の答えが終わるとムシュリカはまた無言で文字の綴りと意味を紙に写し続ける。
   この遣り取りが先ほどから繰り返して行われていた。
   変化の無い状況にアーサーは半ば勤務時間が終わるまで続けばいいと思っていた。

   だが、その状況を打ち切ったのは他でもないムシュリカだった。


  「アーサーさん。 お話したい事があります。」

   無言で、アーサーはムシュリカのほうを向いた。
   何時になく、深刻そうな表情だった。

  「・・・何がだい?」

   平静さを装ってムシュリカに了解を取るが、正直気が気でなかった。
   一人にして欲しい。 懺悔を聞いて欲しい。
   どちらにしても彼は今、苦しくて仕方がなかったから。
   何にせよ、この時を待っていたのだ。


  「・・・最近、顔色が優れないと仲間達が噂しています。」

   いつの間にか、ムシュリカの手は止まっていた。

  「アハハ、そうか。 ・・・働き過ぎなのかなぁ。」

   苦笑しながら髪を掻く彼は、やはり力が無いように見えるのは部屋の暗さだけではないだろう。
   ムシュリカはアーサーの意見を無視して静かに話を続けた。

  「貴方を見て、常々思ってました。
   誰にも隔たりを持たず、人望も厚く、温和な貴方は家名に恥じない素晴しい御方だとお慕いしていました。
   私たち、『捕虜』の、誇りなんです。
   貴方に仕える事が、私にとって大きな意味がありました。」

   ポツリポツリとその単語の一言は、アーサーの背筋に響いた。
   言葉自体に『魔法』が宿っているようだった。
   彼から、笑顔が消えた。

  「貴方達に奉仕することが、『捕虜』の職務です。
   それに今更、反抗も憤りも起こそうとは思いません。 ですが、」

   ムシュリカの言葉がとまった。
   彼女はアーサーに、悲しい眼を向けて訴えた。


  「ですが、 こんな仕打ちはあんまりです。
   何故私たちに、叶わない夢なんて見せるのですか?
   戯れにしては、残酷すぎると思ったことは無いのですかっ・・!」


   それは彼女自身の言葉だったろう。
   だがそれは、アーサーを信じていた仲間たちの心の叫びと同等のものだった。

   アーサーはそれを、全てを受け止めている気で眼を閉じていた。
   一つ一つの言葉をこぼさず聴くために。
   眼を開くと潤んだ彼女の眼が、アーサーの心を更に響かせた。

  「貴方もやはり、私たちを軽蔑しているのですか・・・?」


   それが彼女の後ろめたさだった。
   結局、恐れていたのはアーサーだけでなくムシュリカにもあった。
   それを気付くのが、悔しいのもあったのかもしれない。


  「・・・・・・・・・・・・。」

   アーサーが何も返事をしないのでムシュリカは仕方なく勉学を続けた。
   返答をしない彼の答えが、肯定の意だと思ったから。
   アーサーは目の前にある紙の山を眺めて、ただそこに座っていた。
   自らの告白に多少なりとも後悔していたムシュリカは、焦りか綴りの文字が荒れていた。

   ただそこに、雨の音が響き渡っていた。

  「僕は・・・。」

   暫くまた無言が続いたけど、ムシュリカの話にアーサーはやっと返答した。

  「僕には、・・・・・・確かに僕の立場がある。
   言い訳に聞こえるが、それに逆らうには僕の歳では幼すぎる。
   『切り札』も『犠牲』も、僕は勇気を出して行うことが出来ない。

   僕は君が思っている以上に弱くて、あまりに頼りない主人だった・・・。
   今、幻滅させてしまったことだしね。」

   いつもとは違う落ち着いた、また真実を吐露した声。
   彼はゆっくりと視線をムシュリカに向けていた。

  「僕は、君たち『捕虜』を見て育ってきた。
   初めのうちは侮蔑も嘲笑も兼ね備えた、そんな視線だったのだと思う。
   ただ哀れだとか愚かだとか、丸で他人事のように見てきた。
   その時は、『僕にも』あったんだ。」

   ムシュリカの目が遠くを見ているようだった。
   視線の先はただの本棚が、だがその更に先を見つめているようだった。

  「君たちの歳で9つの時に皇太子『クローディア』に仕えるようになって、新しい見方が出来るようになった。
   その時に僕の元にも『捕虜』が如かれた時に、その時になってやっと、

   『責任』を覚えたんだ。」

   自らの元に仕える者が傍に置かれる事で、罪悪感と良心が彼を苦しめた。
   何の疑いも無く仕えてくれる人々が、笑顔で関わってくれる仲間達が更に彼を追い詰めた。
   その者達が増える度にそれは大きさを増して。

  「君たちの信頼を受けておきながら、常々最低だと思うよ。」

   今まで自分が受けてきた『教育』も『環境』も『食事』も、彼らあってのものだと思う度に必死に償いの仕方を探した。
   皇帝がそう決めたのだと言い訳をすればいいのかも知れない。
   しかし彼がそれを認めたところで彼の罪悪感が拭える訳もないのだ。
   だから、アーサーは、


  「君たちの為に出来る最善のこと、それは君たちの『自由』だ。」

   誰に咎められる事がない、扱われる事のない、一人の人間としての権利。
   どうしても、彼はそれを現実としたかった。
   出来る限りの、彼の力の範囲の中で。


  「僕は『魔族』だ。
   君達を縛っている者なら、解放も可能かもしれない。   
   だから僕は・・・、」

   だから『豊穣の舞』を生んだ。
   王を称えると偽って、神に祈るわけもなく、ただ素晴しいものを。
   空ろな舞でも感銘を受け、そして好機を与えてくれるのなら。

   だが、ムシュリカはそれを『本物』へと変えてしまった。
   真に神への問いかけを果してしまったのだ。
   アーサーは酷く当惑した。


   言葉が止まって二人は向かい合っていた。
   ムシュリカはアーサーが話す間、静かに彼の言葉を聞いていた。
   別段、相槌を打つわけでもなく、彼の目を見つめていた。

   アーサーは回りくどい言い方を変えて、ムシュリカに伝えた。


  「僕は、君に自由になって欲しいと思っている。」

   最後にそう、一言呟いた。


   どんな形であれ、それが彼の真実だった。
   ムシュリカはそれを聞くと、机の上の本を見つめていた。

   アーサーは悔しくてたまらなかった。
   こんな形でなけばムシュリカに本心を伝えられない自分自身に。



  「・・・この宮殿に来た時、幾許か覚悟は決めていました。」

   アーサーの吐露を返すように、ムシュリカも話始めた。

  「『自由』になれる保障はない。 サリネもそう言ってました。
   でももしかしたら貴方という主人がいるならそれが可能かもしれない。
   しかし貴方は『魔族』です。 その『自由』でさえ嘘だとしたらと考えていました。」

   ムシュリカも、信じきれてなかったのだ。
   『噂』も自分の主人も。

  「ここで自由になれないのは、『貴方の所為』だ。 貴方の商業としての『心』が私をここへ投獄した。
   そう責めようと思っていました。
   でも私は全部貴方たちの所為にして、自分の行動の責任に目を瞑っていたんです。
   結局私も、貴方を信用しようとしなかった。」

   幼稚なまま、誤解をしたまま貴方を恨もうとしていた。
   そういうとムシュリカはアーサーに涙ぐみながら笑いかけた。


   本当は、言いたい事はそれだけかと言いたかった。
   自分の言い訳を肯定した自己満足を、彼女に言えば其れで済むのか。
   もっと彼に文句を言っても良かったのかもしれない。

   だが、それが彼の精一杯で、彼の苦しさと思えた時、
   不思議とムシュリカの口から本音が零れていたのだ。
   彼の目が本心を語っていたのと同じように、ムシュリカもありのままを言いたかったのだ。   

   ムシュリカは、やはり自分にも他人にも甘かった。
   だが、その彼女の情状が彼を救っていたのだ。


   いつの間にか部屋はまた明るくなっていた。

   ムシュリカは時計を見てかなりの時間アーサーといた事に気がついた。
   大急ぎで彼女は片づけをし始めた。


  「申し訳ございません! 私これから皇太子様の元に戻らないと・・・!」

   呆けていたアーサーは自分の時間を取り戻して、ムシュリカの手伝いをした。
   教本の側に置かれたノートには、びっしりと単語の列が並んであった。
   それをみると、彼も自然と笑顔がこぼれた。

  「すみません。 私、自分の意見を・・・。」

   アーサーにそう言うと、彼はいつもの笑顔で彼女に言った。

  「なに・・・、僕も似たようなものさ。 まだまだ若輩者だな。」

   『今だって、若いじゃないですか。』と、ムシュリカは笑いかけて本を纏めた。
   彼女はテキパキと片づけを終わらせると、急いで扉へと向かった。

  「あの、また教えてもらってくださいませんか?」

  「僕でよければ何時でも。」

   彼は、羽のペンを振って返事をした。



  「・・・やっと、笑って下さいましたね。」

   背を向けて、アーサーに言った。
   落ち着いた、優しい声だった。


  「私、待ちます。 待ってみようと思うんです。」

   アーサーも椅子から立って、ムシュリカを見ていた。
   振り返って、彼女は尋ねた。


  「アーサーさん。 私、夢を持っていもいいですか?」

   其れは、 其れは。

  「夢を持ってみたいんです。 いけませんか?」


   彼は、許せない。
   彼も其れを受け入れた。 だから、ムシュリカは未だ許してはいない。
   だからこそ、また彼に託す事にしたのだ。
   『自由』の約束を。

   彼が本当に実現する事が出来るのなら、ムシュリカは彼の告白でもう一度信じようと思った。
   なぜなら彼は、『自由になって欲しい』と言ってくれたから。
   アーサーが『魔族』の一角である事は変えようもない事実だけど、
   『人間』を個人と見てくれる数少ない『理解者』になってくれるのなら、ムシュリカはとても嬉しかったのだ。

   アーサーは、ハッキリとムシュリカに伝えた。


  「ああ。 僕も、僕の夢を叶えたいから。」

   許されるのは、その時に。


   その返事にムシュリカは嬉しそうに、アーサーは其れを見て頷いた。
   二人は笑いあって、別れた。


   一人になったアーサーは目の前の職務を思い出して、呆れながらもし始めた。
   まだ、心の鉛が落ちたわけではないけれど、
   何も解決はしていないけど、

   もう彼は、嘘の笑顔ではなかった。

   彼は、なんだかとても嬉しかったのだ。



   了