ラクシュミ 〜221譜の讃歌〜
『序章・追憶閉鎖』 ricordanza
『 帰れる日はいつになるのだろうか。 故国の土を早く踏みたい。
あの人に歌を届けたい。
《ロネクトフィ記念石碑》 クローディア・エクリッセ 』
大陸暦 1412年 『死闘戯大会』
ヴェーダルド軍帝国 帝都シャクルム アロケナ闘技場
なんで俺は、こんな事を続けているのだろう。
なんで俺は、こんなに血塗れなのだろう。
「流石です! 『砂塵の赤獅子』殿、見事な剣捌きだ。」
同じく出場していた剣士の一人がそういった。
そうだ。 俺は『砂塵の赤獅子』だ。
皆がそう呼んでいる。
俺が剣を振れば、会場中が騒ぐ。
俺が勝てば、国中が祝う。
俺は、この国の『力』だ。
『皇帝』も『魔族』も、それを望んでいる。
俺は誰よりも強い。
砂漠の様な会場で、獣だろうと女だろうと容赦なく斬り込み。
巣穴に戻るとき砂と血が衣服となって纏われて、
黒髪にも血が染みこんで、跡には獲物の血が滴る。
その果敢な働きは正に『獅子』の如し。
『砂塵の赤獅子』、エンディオ・ヘラクレトス。
アロケナ闘技場の番人、英雄ヘラクレスの末裔。
今期の『大会』でも注目の的だ。
「打ち所が悪かった。 ・・・もう手遅れだよ。」
俺の対戦相手だった者の周りには、死体に群がる獣のように選手達が囲っていた。
死期が近いらしい。何しろ急所を打ったのだから。
群がる者達をかき分けて、俺は弱りきった男に話しかけた。
「貴殿の太刀捌き、見事なものだった。」
恨むのだろうか、呪うのだろうか。
どちらにしろこの場所に居る以上は、必ずそういった気分に陥る。
負けた者へ会いに来る者も少ない。
だが俺の声が届いていたのか、戦士の男は息絶え絶えに笑って言った。
「アンタは、やっぱりスゲェよ・・・・、 またアンタと、戦ってみてぇなぁ・・・。」
男は恨んでいなかった。 最後まで『戦士』だった。
その言葉を最後に、男は息を引き取った。
動かなくなった身体はだんだんと生気の色を失って、地に沈んだ。
俺は男の両手を胸に揃えると、その場から立ち去った。
いつもの事なのだ。
ここで誰かが死んでいくのも、その怒りを闘志に変える者も。
恨まれ事なら慣れている。
誰だって生きて死んでいくのだから。
「『砂塵の赤獅子』! 今度は俺の剣と相手をしてくれ!」
俺に向けられる有象無象の期待と憧憬、その度に周りの士気は上がる。
それが嫌でたまらない。
こんな身でもなければ、俺は剣を振ってもいないのに。
俺は『魔族』の都合のいい傀儡。
「俺とも戦ってくれ『赤獅子』!」
誰もが『砂塵の赤獅子』と呼ぶ。
俺は『砂塵の赤獅子』なのだろうか。 『獣』なのだろうか。
違う、俺はエンディオだ。
『英雄』でも『傀儡』でもない。 俺は『人間』だ。
何度もそう名乗っても、誰も俺を呼ばない。
俺は、何なんだ? どうしてこんな事を続けている?
なぜ俺が戦わなくてはならないんだ。
誰が俺を変えたんだ! 誰がこんな場所に俺を引き入れた!
何で『剣』なんてものを、俺に与えたんだ!
俺が欲しいのはこんなものじゃ無いんだ!
返せ。
俺の名前を、返せ。
『人間』であった俺を、 返せ。
*
大陸暦 1418年 『地帝聖誕祭』
裏路地が怖い。
市場も怖いし、大通りも怖い。
初めて仕事を貰えたのに、この体たらく。
恥ずかしい、情けない。
このまま遅くなったら、また年上の先輩達に怒られてしまう。
どうしよう、このお店は何処にあるのだろう?
誰か教えて。
私の行きたい場所が何処にあるのか。
此処が何処なのか教えて。
でも一体、誰にそれを聞けば良いの?
誰が親切に教えてくれるのだろう。
『捕虜』の子供に、何を教えてくれるのだろう?
それを聞く権利が、私にあるの?
お金はちゃんと持っているのに、自信がなくなってくる。
私が、物を買う権利があるのか。
権利が全ての世界で、『捕虜』にその権利があるのか。
打たれてしまうの? 殴られてしまうの?
教えてくれる『良い人』は居るの?
こんなに人は多くて、大通りなんて砂の数。
いつもより知らない人が多くて、とても怖いよ。
お祭りの音がとても明るくて、とても楽しそう。
でも怖いよ。
得体が知れなくて、『魔族』が怖くてとても嫌だ。
怖くて怖くてたまらない。
心の内で叫んだ。
助けて!助けて! 誰か助けて!!
不意に背中を、誰かに押された。
私は水をかけられた猫みたいに飛び上がって、背後に向いた。
「君、迷子?」
私よりずっと年上で、物腰の穏やかな青年だった。
優しそうな声で、励ます様な声で私はキョトンとしてた。
何か言えば良かったのに、当たらずも遠からずのその質問に私は困ってしまったのだ。
「ここにもう直ぐ『魔族』の行進がやってくるよ。 早く退かないと役人が怒るんだ。」
彼の言っている言葉の意味は分かっていた。
でも『役人』の単語の所為で、私は半ば混乱して話せなくなった。
震えと不安が胸の内から溢れそうだ。
「あれ? 君・・・どこかで・・・?」
私を知っている人なのだろうか。
でも、そうに違いなかった。
私一人の『人間』、どこでもいそうな『捕虜』を憶えてくれるなんて、私には『奇跡』だから。
早とちりだったのに私は安心しきって、声をあげて泣き出した。
「うぇ・・・えっ・・・ええええんっ!!」
彼は大層驚いた。 それはそうであろう。
彼は泣かせる様な事を何一つしていない筈なのだから。
でも私は彼の一言一言に嬉しくて、怖さが無くなって、座り込んで泣いた。
周りからみれば、彼が私を苛めていたようにしか見えなかったのだろう。
彼に迷惑がかかる。 分かって入るのに。
『泣くのを止めよう、涙を収めよう。』、それが分かっていても涙は止まらなかった。
彼が悪戦苦闘して尽くしてくれた結果、私は何とか涙を収められた。
それまで通行人と一悶着起こしていたようだったけど、誤解が解けたようで野次馬は去っていった。
私の涙を拭いながら、彼は言った。
「君・・・見た事がある。 父上に使えている末の『捕虜』の子だね?」
やっぱりそうだった。
でも私は知らない。 主人の顔すら見覚えが無いのだから。
「外に出られる許可が得られたって事は、『仕事』の途中?」
何でこの人は優しいんだろう。
何で身内でもない私を助けてくれるんだろう?
良く分からなかったけど、私は頷いた。
「やっぱりそうか。良かった。 或いは外へ抜け出したんじゃないかって思った。」
この『捕虜』の界隈で、逃亡や脱獄なんて日常茶飯事だ。
強いられる『仕事』の辛さ、虐げられる『苦しみ』の二重苦は半端な物でないから。
彼は私の目を見て、『真っ赤だ。』って言って笑った。 恥ずかしい。
「僕は抜け出した所なんだ。 閉じ込められていてね。 退屈で仕方が無い。」
『たいくつ』?
聞き慣れない言葉だ。 どんな意味があるのだろう?
少し混乱しているうちに彼が私の片手をとった。
「あっ・・・あの・・・。」
「『お使い』、僕も手伝ってあげるよ。 道案内だったら役に立てると思う。」
さっき彼は主人を『父上』と言っていた。
という事は彼は主人の『息子』ということなのだろうか?
何にしても、ずっと身分が高い人だって理解出来た。 だって黒い服を着ているもの。
そんな人が私と手を繋いでていいのだろうか? 気が引ける。
彼の体温が手に伝わって、知らない人の筈なのにどんどん安心してきた。
ちょっとだけ、『仕事』が大丈夫なんだって勇気が湧いてくる。
今度の仕事こそ、上手くいくのかもしれない。
「ああ、やっと笑ってくれた。
うん。 やっぱり笑った顔が可愛いね。」
また聞き慣れない言葉だった。
『かわいい』とは、どう言う事なのだろう?
でも少し嬉しい。 褒めてくれているのだと分かったから。
彼の助けもあって、私は目的の店を見つけ、拙い頭ながらお金の計算も出来た。
無事に買い物を終えると、彼は私を送るついでに帰ると言った。
家路の時も安心させるつもりなのか、彼は只管会話を促した。
「ちゃんと仕事ができたじゃないか。 誰だよ『役立たず』って言ったのは。」
少し憤慨しているようだ。 他人の事なのに可笑しいな。
他人事に怒る彼が不思議で面白くてたまらない。
でもこれも、これで終わり。
この仕事を終わりにして、私は別の誰かの所に売り飛ばされてしまう。
今まで『仕事』は全部駄目にしてしまったから。 私は『役立たず』なのだから。
今更『怖い』と思っても無駄なのだ。 『捕虜』は商品なのだから。
明日限りで、主人の元から去る事になる。 この人はそれでも褒めてくれるのだろうか。
「ところで君は、別の人の所へ異動になったって聞いたんだけど本当かい?」
この人は知っていたのか。
星の数程いる『捕虜』の情報の中、よく憶えていた物だと思う。
でも知った所で何なのだ。 私が異動する理由くらい、さっき言ったのに。
「はい・・・そうです。」
事実だ。 でもまた情けなくなって、唇を噛む。
どうしようも無いのだ。 今出来たって、意味が無いのだ。
だが彼は予想打にしない事を口にした。
「そうなのかい? それなら僕の初めての捕虜ってことか!」
『え?』と言って彼を見た。 この人が新しい主人?
それにしては若過ぎやしないのだろうか。
眉を寄せた私は『嘘だろう』っと言っていたのだろう、彼は『本当だよ』と付け加えた。
「『役立たず』を扱ってみろって言われてたんだけど、君の事だったのか・・・。」
しみじみとした目で私を見る。
主人は彼にそう伝えたらしい。 増々情けなくなる。
しょんぼりとした私を彼は再び励ました。
「外出の機会が少なかったから今まで上手くいかなかっただけだよ。
合わないのなら別の仕事に変えれば良いだけの話さ!」
彼は『捕虜』に有り得ない事を言っていたけれど、彼の言葉には力があった。
本当に『そうなんだ』って思えてきて、彼を信じようと思えてくる。
私も嬉しかった。
もう年上の先輩達に怒られる事も無いし、彼が私を信じてくれる。
そんな気がしたのだ。
「よろしくね。 僕は『アーサルト・ウォベリラ・ジェリーベル』。 君は?」
彼は主人と同じ『ジェリーベル』の姓だった。
嬉しくなった。 これからは彼と共に仕事をするのだ。
彼の大きな手を少し握って、私は答えた。
「私は、・・・『ムシュリカ』 と申します。」
行進の音楽が遠くから聞こえてくる。
祭りの昼は一段と騒がしくなっていった。
*
大陸暦 1146年 『ヘラクレス永眠日』
最後の仲間が、今日死んだ。
死んだと言っても、もう数百年は過ぎた。
今更涙は出ないし、そいつに悼む心を持つ者ももういない。
遺言通り墓は作らなかったが、これで良かったのだろうか?
やはり道理にそって建てるべきだったのでは。
やっと気がついた。 この墓参りに来る度に、不可解と思う理由が。
奴の為の『墓』が無かったのだ。
この広陵とした丘で多くの兵士が命を落とし、生きながらえてもこの世に長く留まれなかった。
草木一本も生えないこの丘は、もう『伝説』といわれるまでになった大戦争の成れの果てである。
だから墓と言われる物は、石碑の文字だけである。
羅列する石碑群には、ここでの殉死者の名だけが記されてある。
「何か理由は分からんが、お前の為の祭りを作る馬鹿が現れた。」
ヘラクレスの名が刻まれてある石碑の足下に、一輪の白花を添えた。
奴は花なんて貰う柄じゃないが、偶には良いだろう。
普段は石に刻まれた名前などに礼参りしにいく面倒な事なんてしない。
勿論ここへ来たのはそれ相応の理由があるからだ。
現状報告と言っても良い。 墓の下にいるという訳でもないのに。
死者へ参りなど、腹いせに近いのだ。
鬱憤や不満を死んだ奴にぶつけるだけなのだから。
『自己満足』。 その言葉で十分足りる。
此処へ来た理由というのは、『闘戯大会』と言う生産性の欠片も無い祭りを、とある馬鹿が発令したのだ。
そんな娯楽の大会に、『ヘラクレス』まで担ぎ出された。 本人は迷惑きわまりないだろう。
まあ不満があった所で今更文句など言わんだろうが。
「アイツ・・・『クローディア』は『皇子』をやっている。 ・・・バカだよな。」
それで、自分のしでかした事が無かった事になるなんて思っているのだろうか。
そうでなくてもそれは『クローディア』への愚弄に違いないのだ。
あんなに傷つけたくせに。
あんなに泣かせたくせに。
人の気持ちも知らないで渇望して、 それで何を得られたんだ?
結局は持っていた物を全て失ったではないか。
追いつめたではないか。
あんなに愛したものでさえ、手放さなければならなくなった。
だからバカだと言うんだ。
どうしてそんな奴の面倒なんて見なければならないんだ。
なんで奴らはこんな醜悪な世界に私を置いていったんだ。
腹の底にたまっている不満を、『ヘラクレス』にぶつけそうで怖い。
そうでもしなければ気が済まない自分が、情けない。
「この国の人も薄情だよ・・・。 あんな簡単に人間一人を切り捨てたくせに。
あとには『英雄』や『女神』とか都合のいい事ばっかり言って・・・生かす道なんてちっとも考えちゃいなかった。」
『売国奴』の凶人は、『救世主』たる太母に生まれ変わった。
そうやってあの子を特異な目で見て差別し続けて来たのだ。
今になって、ようやくあの子の気持ちが良く分かる。
きっと辛かったんだろう。 心細くてたまらなかったのだろう。
なんで実の仲間でさえ、そんな簡単で大きな悩みを見抜けなかったのだ。
なら今私が味わっているこの地獄は、まさにあの子そのものだ。
この『孤独』は、今はいないあの子のものなのだ。
あの子は、それでも幸せだったのだろうか。 『満足』だったのだろうか。
別れ際の、顔を思い出す。
それは今思い出しても切なくて、息が止まって、泣きたくなる。
ただ一人見送った、あのバカが憎らしくて堪らない。
「バカだよ。 本当に、バカだ。
私だって帰ってきて欲しいって思うよ。 でも無理に決まっている。
それでも固執し続けているアイツが、見苦しくて嫌なんだ。
なぁ、『ヘラクレス』。 私はどうしたら良いと思う? これからどうやって『監視者』を続ければいい?」
回答は無い筈なのに私は只管、石に祈り続けた。
神でなく、人でなく、自分の為に。
自分自身に新たな誓いを立てる為に。
この丘も、もうじき廃れる。
この先の100年後200年後、 この下に眠る人々を忘れてしまうのだろう。
名は刻まれても、その心を知る人は居なくなってしまう。
『私』も忘れてしまう。
「私達は・・・私達は、 なんで戦ってきたんだろうな。」
失うと分かりつつも剣を振るい、届かないと知りつつも足掻き続ける。
必死に生きていた『クローディア』が消えてしまってから、『私』の中も空っぽになったのだ。
私達のしてきた事が全て無駄になってしまって、生きることも無駄なんだと思うようになって。
死のうにも死に切れないで、全てがどうでもよくなって。
「どうすれば良い? 私はどうしたら良い?」
教えてくれ、誰か 教えて欲しい。
どうして私だけ、こんな目に合わなければならないのだ。
いっそ死んだ方がマシだったろうに。
終わってからというものの、後悔ばかりだ。
どうにか出来ただろう、助けようと思えば助けられたろう、 なのに私はあえてそうしなかった。
気付いているんだ。
バカは私も一緒だって。
救いようの無いバカに、私もなってしまったのだと、『皇子クローディア』をバカに出来る立場には無い。
でも悔しいじゃないか。
私が八つ当たり出来るのは、あの『皇子』だけなのだ。
今は近づけなくとも、いつかまた会う時が来る。
償いも贖いも許されてない存在なら、責めて罵ったって罰は当たらないだろう。
それが『クローディア』への供養にもなるのなら尚更。
私は生きていくしか無いのだ。
「答えが出なくても、私はやるしかないんだろうが・・・。」
結局そこへ行き着いた。
それしか無いのだ。 私がやれることなど、それくらいしか無いだろうが。
それが役割だと言われても、やっぱり納得がいかない。
「愚痴・・・になっちまったね。 ゴメン。」
何が理由からか笑みがでた。
全く笑える所がないのに変だ。 私まで壊れてしまったのか。
口に出すのは気恥ずかしかった『ありがとう』と言う言葉を、心の中に留めた。
「またいつか・・・参りに来るよ。」
何時になるかは、分からないけど。
きっとまた此処へ来る事になるのだ。 その時は『皇子クローディア』も共に。
どんな顔をしてアイツが此処へ来るのか・・・『供養』の意味を知らない奴が、どうやって墓の前へ立つのか。
何れにしろ、来る事は間違いない。
『ヘラクレス』を殺したのは、『クローディア』なのだから。
『ヘラクレス』の墓をあとにして、視線を遥か先の『ヴェーダルド帝国』へ向けた。
足の歩みも大国に向けた。早く向かわなければ。
碌でなしが作った『闘戯大会』とやらを好奇心で拝みたいと思ったのだ。
*
年代不肖 『真理ノ匣』 リガリア・グラディス
(冒頭)
今日の為に、私は日記を綴ろうと思う。
あの尊い二人が幸せになれるように、二人への祝福が確かであったと忘れぬ為に。
一人は『人間』の巫子、類い稀なる才を持っていた。
その貴人が言葉を発せば、全てが詩や歌の調べとなり、見る者聞く者を魅了した。
繁栄と慈愛を謳うその人、彼女は涸れ果てた大地を踏み歩いた。
一人は『鬼神』の尊子、呪い定めた業を持っていた。
その災人が大地を駆ければ、立つ者全てが平伏して、町と人に血の海が覆う。
犠牲と均衡を唱るその人、彼は豊かな野原を灰にした。
対極に位置する二人、どうしてこの不釣り合いの二人が巡り会ったのか。
それは『奇跡』なのだと私は唱える。
二人が男と女として、慈しみ愛し合うのをどうして止められようか。
幸福とは無縁の、民の為に身を捧げる二人の祝福を、喜べないと言えようか。
一人は『孤独』を知り、一人は『平和』を知り、共に支え分かち合い『愛』を謳った。
私もその賛同者の一人で、同時に批判者であった。
二人が唱えた『平和』はあまりに儚く、夢物語のような脆さだった。
『孤独』の答えはあまりに残酷で、鋭く突き刺す言葉は『悪夢』だった。
二人は誰より、『世界』を見ていた。
だから、あんなにもお互いを思いあえたのだろう。
こんなに暗くて冷たい『世界』だからこそ、『冀望』を信じたのだ。
私も今一度信じようと思ったのだ。
皆が見る『冀望』が叶う事を、『紲』が確かなのを信じたいと。
私は二人に出会った知ったのだ。
我々が何より為すべき事が、互いを想いあうという事を。
二人よりそれを早く知る事が出来た立場というのに、そんな簡易な事でさえ気付かなかった。
私はそれを恥じる。
幸せだったのだ、 二人は心からそれを喜び浸っていた。
ただ周囲の世界がそれを許さなかった。
幸せは二人にあってはならないものだったからだ。
誰一人として、二人を祝福してくれる者は居なかった。
神々は怒り、大地は腐り廃れ、晴れぬ空がいつも続くようになった。
巫子の貴人は誰より責められた。
咎があると業を背負えと、一人の少女では背負い切れぬ物を押し付けた。
尊人は彼女を支えた。でもそれも限界があった。
いっそ何もかも投げ捨てて逃げても良かっただろうに、二人は事実から目を背けなかった。
幸せであって欲しかった。
天から祝福を賜らなかった者が、ほんの一瞬の幸福でさえ許されないのだ。
神は彼らを裏切って、見限った。
今二人がとても痛々しく、辛い境遇に置かれているのは目に見えている。
責められようと、私は死ぬまで唱えるのだろう。
『二人こそ祝福を受けるべき者達なのだ』と言う事を。
二人の『冀望』を最後まで願い続けるのだ。
彼らと共に居たものが『仲間』として出来る事は、『否定』と戦うだけだ。
幸せを災いと説く彼らへの、唯一の対抗である。
私は彼らを愛しているのだから。
二人と共に『平和』と『犠牲』を生きてきたのだ。
『冀望』を知ったのだ。
私は信じよう。
彼の人、巫子と尊人を、
(解読不能)
了