ラクシュミ 〜懇願の呪〜










     『1章』  Ldiot 





   愛したものは、今まで見てきたものでした。


   汚いと思ったのは、愛したもの『そのもの』でした。


   それでも愛さずにはいられなかった。


   それには嘘をつけなかった。



   愛情が とても重かった。


   愛される事も 辛かった。


   だから私は 『愛した』のだ。


   けれども何が『愛しい』のか 分からなくなっていた。









   『原始の日』











   ―――私は生まれた。 貴方は生まれた。



   全てを約束するその日の為に。








   ―――私は為す。



   命を繋ぐ『真理』を賜り、『神代』の神楽を舞うが為に。





   ―――貴方は成す。



   溢れる『生死』の柵に触れ、『生命』の種を拾うが為に。

















  「お前は、 誰だ?」





   たった今、最後の『敵』に止めを刺した。


   お世辞にも『神』と言えない失敗作、『成り損ない』だ。


   大した実力も、意思も欲も持たないそれは『人形』同然。


   手間もかからず呆気なく斬られ、『終わった』。




   数ばかり多かった『それ等』の片付けが漸く終わり、自陣に戻ろうと思ったその時、


   少し離れた先に、何者かが佇んでいた。



   荒野に広がる血塗の大地、


   それを見るのは初めてだったのか肩の荷物を落として、呆と周りを眺めていた。



   問いにも答えず、此処から逃げ出さないのだから。






  「これは、 一体・・・。」






   見る見る顔を青くして、手を口元に抑えた。


   だがそれとは裏腹に、一歩一歩赤い大地を踏み歩く。




   『敵』  であろうか。


   例え女子供の『形』であろうが構わず斬れる。 見るべき事は『形』では無く『中身』の本質。


   だから俺を殺しに来るか、殺されに来たのなら難無く『処理』をするつもりだ。




   問題なのはこの『女』が、奴等の『成り損ない』なのか、否かと言う事である。


   俺に宛てがわれた令は『成り損ないの処理』であるのだ。








   ―――もし、


   この事態を理解出来ず、剣を持っている俺に近づこうとしているなど正気の沙汰である。








  「ここは戦闘区域の最前線だ。

   戦場になる事は、地域周辺に通達がいった筈だが。」





   まさか、それを知らずして此処へ来たというのか?







  「あの、 実は山を通って此処へきたので。」





   その『女』らしき者の言う事が理解しかねる。


   再度尋ねた。






  「お前は『敵』か? どこの『種族』だ。」






   『意思』がある以上、俺の様な粗悪品か『援護兵』なのだろう。


   だがこいつには、そのような覇気も武力も感じない。







  「  私は、・・・『人間』です。   今は『旅』をしています。」





   俺が聞いた事だけを答えて、『人間の女』は俯いた。


   確かに武器の物を持っていないので、『兵士』でも『敵』でも無いのだろう。







   ―――こんな『人間』を見るのは初めてだ。







   確か自軍の中にも『人間』はいたが、この女は『兵士』の様な重い『殺気』を感じない。


   いつも見る様な、 圧倒し跪かせ、刃を磨ぐ様な鋭い『力の気』ではなかった。



   くすぐる様な、包む様な、周りに分け与えんとする穏やかな、






   丸で水の様な柔らかさ。


   言葉が浮かばないが、そういったものが俺に伝わってきた。




   恐らく平穏な地からやって来た『死』を知らない者。


   今が戦の時勢というのに関わらず、悠長に『旅事』とは気ままなものだ。




   女の『無知』と『死の臭い』に嫌気を思うと、何か問われる前に俺はさっさと帰る事にした。


   足音がして振り返ってみると、『女』はまた近づいてきた。



   この戦場に他に何か用があるのか?


   戦場ですべき事は、  『敵』を始末する事   それに限る。


   それ以外、無いだろう  ―――何も。





   『女』は俺がたった今始末した『成り損ない』に跪いていた。


   死体を見るのが珍しいのか、手は震えていた。


   何をしようというのだ? こんな『動かない人形』に。






  「何を、している?」




   女は手を合わせて、何か唱えていた。


   『詩』のようだ。 それも『死』を悼み謳う『鎮め詩』。






  「そんな『詩』、『壊れたもの』に謳った所で何になる。」




   『意思』も『魂』もない、『成り損ない』に手向けようと時間の無駄だ。


   そんな事も無知とは、『人間』とはこうも愚かなのか。


   女は俺を無視して暫く『連ねて』いたが、  やがて立ち上がって俺を見た。






   何を、  考えている?




   不可解な行動に俺は混乱していたのだろう。


   そして見た。



   女は   目から水を流していた。


   雨のような、 血の様な  汗とは違う何かだった。



   心臓を鷲掴みにするような暗い顔で、女の口は静かに開いた。






  「この『人』が、   確かに此所に在った事を、   『忘れない為』  です。」






   ―――『人』だと?      こんな『成り損ない』が。


      ―――『忘れない為』?      こんな憶えていても仕様の無いものが?




   女の言葉は俺を予想以上に揺さぶった。







  「どんな理由があって、 『憶える』必要がある?

   こんな『人間』でもない、 『生き物』ですら無いものに  情をもって 何の特がある?」





   『形』だけ在る様なものに、存在意義などない。


   女は足下に在る 『成り損ない』に虚ろな眼を向けた。





  「特も何も、 これは私の自己満足です。

   それに  存在している以上、 何か『意味が在った』と 感じる・・・から。」






   実に ―――不可思議な答えだ。


   俺に理解ができない。  死を悼むなど、 無駄以外の何でも無いではないか。




   女の答えを聞くと、俺は再び背を向けて帰ろうとした。


   その前に女が   『待って』と、呼びかけるまで。



   女の涙は止まっていた。  目は『殺気』と違った『鋭さ』を俺に向けた。






  「貴方は、 誰?」





   俺の問いを真似したものだ。


   ―――『誰』。


   『種族』を言っているのか、それとも『敵』か『味方』かという事か。



   俺は、『神』の粗悪品だ。  それ以外の何でも無い。


   この大戦の消耗品で、『神』と名乗る者達から『破壊狂』と異端視される。




   存在意義は、奴等の言うように『壊す事』だ。




   そんな事を聞きたいのだろうか。











   ―――否 違う。







   この『異端』な女が、何を聞きたいのか分かった。  ―――実に下らない事だ。













  「俺は、・・・―――――。」










忘れはしない。



この時、    俺は生まれて初めて、名を名乗ったのだ。





   了