「海にいた人でなし」




    著:華宵






  「何だこの有様は!? 庭には二羽鶏がいると聞いたが、どこにも鶏なんていないじゃないか!!
   全くもって非常識だ!!」

   人ン家に不法侵入しておいて、庭のディティールにケチをつける方が非常識だと思うのだが。
   しかも今時、鶏を飼っている家庭こそ稀だ。 身近にいる人間はそれこそレアであろう。

  「鶏を飼うのはいいぞ!
   エサを与えれば卵を勝手に生んでくれるし、いざと言う時は本体そのものが食材となる。
   貧困な昨今には、家に2羽は常備しておくべきだ!」

   だから無理にも程があるだろうに。
   全国の鳥マニア。 今まで愛育していた鳥を平気で食せるか?
   とてもじゃないが情が隔てる為に、食うに食えないだろう。 私だったら。


  「飼うも飼わないも人の自由でしょうが・・。
   それよりも、そんな下らない事いう為に私の家に来たわけ?」

   全くもって下らない挨拶に、私は本題を無理矢理差し込んだ。
   だが、男の態度は改まらなかった。

  「馬鹿者! お前は餓死でもしたいのか!?
   日本でも飢餓に苦しんでいる人間なんて幾らでもいるんだぞ!!
   死にたいのなら別だが、お前になんか俺のキーちゃん一羽、タマ一匹だってくれてやるもんか!
   この文明のブタめ!!」


   ・・・なぜ私は、会って間もないこの男にブタ呼ばわりされなければならないんだ。
   大体お前の家のキーちゃんだか一匹だか、食えもしないものにお前は何意地を張っているんだ?

   男に対して様々な意見が私を切迫したが、私はそのどれ一つ問わずに男に告げた。

  「・・・はぁ。 私が悪うございました・・。」

   一方的な罵倒に、私は半ば投げやりになっていた。

  「そうだ! 悔い改めろ! もっと物事を深刻に考えることだ!!」

   謝る方が、結局は手早くすむものだ。
   この男に対しても其れが通用してよかった。(頭を下げるのは癪ではあるが)
   もっとも、心は込めていないし。


   *


   この男は名を福井崎と言う・・・らしい。 それ以外は知らない。
   男とは、去ること二週間前のとある浜辺で出会った。
   その出会い方も、男女の恋愛的なロマンチックな甘いものではない。
   いや、そんな期待はなかった訳だが。

   真冬の潮風はとてつもなく冷たいものだ。
   浜辺には遮るものが何一つ無いのだから尚更。

   なのに私はその殺風景な海に、コートも無しにTシャツ一枚とジーンズで来ていた。
   道行く人は私の格好を見るたび、不審な目をしていたことだろう。
   自分自身、滑稽に思っているのだ。

   寒い方が、リアルに実感できると思ったからだ。
   その格好をして、その場所に来ていたのは他でもない。
   まあ様は、



   死のうとしたのよ。




   暗いだの、変だの、地味だの言われて幾星霜。
   私にはもうこの道しか残されてないんじゃないかと、笑いながら常に思える。 今だってね。
   友に嘲笑され、親にも貶され・・・ 人を馬鹿にできる立場にいるのかと、言いたいけど言えない。

   まあ理由はさておき、そう決心したんだ。
   決心したんだよ。

   決心した筈なのに、いざ現場に来てみれば、その決心はあっさりと折れたのだ。
   我ながら意志の弱さに、感謝してるのか情けないのか。

   痛いのも苦しいのも嫌だった。
   だからリスカなんて出来る筈無かったし、意気地なしと馬鹿にする奴だっていた。
   そんな度胸も私には無かったのだ。
   青黒い海と、曇天の空が更に死ぬ気をうせさせた。

   こんな寒い時期に死ぬこともないだろう。
   人間はどうせいつか死ぬように出来てるんだから。 まあ、次来た時にでも死にゃいいさ。
   と、安っぽい新たなる決意を砂浜で誓うのだ。
   そう、思い続けて何年たっているんだかね。


   使い古されたスニーカーに波が微かに当たると、足先がじんわり濡れた。
   私は海から後退さった。

  「あぁ・・・意志力弱いなぁ・・・。」

   と自嘲しながら、仕方なく自分の家に帰ろうとした時に、


   奴と出会った。 否、見た。


   ふと右の崖を見上げると、何やら準備体操をしている厚着の人が見えたのだ。
   あんな場所で何をしているのだろうと、始めは好奇心で見ていた。

   確かそこは崩れやすくて危ない筈だから、立て札にも『キケン!』と書いてあったと思う。
   あの人は、それでも何をしているのだろう。
   家への方向を見ていた目は、いつの間にかそれに釘付けだった。

   すると、男はラジカセをもって来ていた。
   カセットをセットし、ボタンを押した。(のだと思う。 だって遠くで見えにくかったし。)
   私のいる位置まで聞こえてきた曲それは、


  「あれ・・・これって確か・・・。」

   其れは、小学校を通ったことのある人ならみんな知っているだろう曲。
   あの運動会の定番とされている、あの軽快な曲だった。
   確か『天国と何とか』って感じのタイトルだったような・・・。

   間近はかなりの大音量だろう。
   遠くの砂浜にいる私のところまで、しっかり聞こえたのだから。

   すると、男はマラソンのスタートラインに立ったランナーのように駆け足体制になったのだ。
   あの足場の悪い場所で走る事といえば・・・・もしや・・・


   スッと脳が冷えた私は、男のスタートの前に駆け出した。
   走っている私に気付いた男は、笑って私に手を振っていた。



   *



  「いやぁ、君も何を好き好んでこんな古ぼけた家に長居できるものかなぁ・・。
   俺は嫌だな。 ダニがいそうだ。」

   人ン家に上がりこんで、奴はまだ文句を言っている。
   ここは私の家であって家ではない。
   アパートというマンションとは違った特殊な条件の元で成り立った住宅だ。
   間違っても、好き好んで住んでいるわけじゃない。
   家賃が良心的だったからだ。

  「嫌なら帰れば? 私だって折角の休日なんだからゆっくりしたいんだよ。」

   兎に角、暇でありたかった。
   其れをこの男に邪魔されて、中々無い休息を奪われてたまるものか。
   男はまた騒ぎ出して言った。


  「貴様、もしや俺との約束まで忘れたか! ついにキたか!?」

   誰がキたんだ!? お前と同類のアホになってたまるか!
   初対面の人間に言うことかそれ!!

   つくづく本当に人のことを馬鹿にするのが好きらしい・・・。
   私はあからさまに嫌な顔をして、男に尋ねた。

  「・・・一体何の約束さ・・。 私だって休日を満喫したいんだけど・・・。」

   先ほどの奴の発言を大人しく堪えて尋ねた。


  「共に海に向かうと言っただろう! 俺はきっちり二週間待ったぞ!!」

   人差し指を私に向けて、男はきっちり言った。
   約束が・・・・・・海?

   記憶は・・・・ないな。 (私の記憶力の低さは筋金入りだ。)
   発言によれば、私は待たせた側らしい。

   しかも、これからあの馬鹿寒い海に向かうと言う・・・。
   連日の疲れをこの日で更に負担することとなる。
   言語道断だ。


  「覚えが無いんだけど・・。」

   正直な気持ちだ。
   何か事情があろうが、これ以上この男の牽強付会に付き合っていられるか。


  「今更、何無責任な事をだらだら言うつもりだぁ!!
   手伝いをしてやると、お前が言ったんだろうがぁ!」

   ピタリと、私は動きを止めた。


   *


   ガタンタタンと、リズムよく揺れる列車内。
   床は木目で、割とレトロさがある観光列車だ。

   窓側にて、私は気を紛らすように外の景色を見ていた。
   正面を向きたくないのは、向かい側に福井崎がいるからの他無い。
   ひたすら田んぼ、案山子、電線と在り来たりな田舎の風景が流れてくる。

   顔をあわせたくなかった。
   車両が二人きりでなければ、まだ幾分かましな態度だったろう。

   何でこういうときに限って・・・と思いながら、私は奴の事をなるべく無視した。

  「やれやれ、やっと行く気になったかと思ったら、今度はその不細工な顔がさらに不細工になるとは・・。
   いい加減に、自分の立場と言うものをお前は理解すべきだ。」

   何偉そうな事言ってやがんだ。
   お前が行く行く煩いから、こっちは仕方なく付き合ってやってんだ。

   あの時、口から出任せに『手伝ってやる。』などと言ったばっかりに、こんな事態になっているから
   当然私にも責任はあるのだけれど・・・。 やはり癇に障るな、この台詞・・。

   心で文句を吐きながら、私は奴との出会いを振り返った。


   *


   そう。 何故かあの後、私は奴と一緒に喫茶店へ入っていた。
   そこで私は確か、ホットココアを頼んだと思う。

   男に尋ねた。

  「あんな所で何してたの?」

   ガツガツとパフェを食べる奴は答えた。

  「人間の限界への挑戦だ!」

   口に食べ物含んだまま、喋らないで欲しい。
   中に見えるものが非常に不愉快だ。

  「限界って・・・。 試してみて何か得があるの?」

   男は心外そうな顔をして、私に向けた。

  「何を言うのだ馬鹿者! 自らの事を知るべき良き機会じゃないか!
   崖から落ちても人間は死なないのかもしれない! そんな事が起ったっていいじゃないか!」

   自らを知る・・・か。 男の理論は兎も角も、確かに、分かれば便利なのかもしれない。
   人間の死ぬ可能性の一つが、消えるのだから。
   本人以外の人間にとって、かなり役に立つ情報だ。

  「そうだね。
   でも、死にたい奴がそんなこと知った所で、そんな情報役に立つわけ無いよ。」

   私は、店内の海の風景画をどことなく見ていた。
   先ほどの決意が、戻ってくると何となく期待していたかもしれない。
   奴は働く手を止めて、私を見た。

  「死にたい奴はね、自分が安心して死ねるところを探しているんだよ。
   死ねない場所知ったところで、それは死にたい奴の居場所を奪っているとしか思えないね。」

   初対面の人間に私は何を言っているのだろう。
   だが、自然と私は自分のはけ口をこの男にぶつけていた。

  「あんた分かってないだろうけどさ・・。
   世の中さ、死にたい奴で溢れかえっているんだよ。
   認めて欲しくても認められない。 言っても聞かない。 いざ自分をさらけ出せば馬鹿と言われるだけ。
   今だって、生きてるのか死んでるのか分からない奴ばかりが世の中を動かしてるんだよ。」

   私こそ、何様なのだろう。
   いよいよこの男を馬鹿にも出来なくなってしまった。
   喋りだしたら、自分の意見を押し付けている。  馬鹿な奴に。

  「ねえ、死んだらこの有耶無耶の気持ち解放できるのかね?
   スッキリと綺麗になって、あの世って所にいけるのかね?」

   だらんと、私はテーブルに臥せってため息を吐いた。
   奴は、再びパフェを頬張り始めた。


  「お前は、死にたいのか?」


   簡潔な意見だな。
   私は一言、『分からない。』と、告げた。


  「なら、お前などに答えなどやるものか。
   自分の意見を言うだけ言って、それで答えもせがむだと?
   身の程知らずも甚だしい!」

   ああ、お前は本当に、初対面に対して正直だな。
   腹が立つのを抑えながら、男の意見を聞き続けた。

  「貴様が何言おうとな、世の中はまだ分からない事だらけなのだ!
   死にたい奴が溢れかえっていようと、その中には生きたい奴だって溢れかえっているのだ!!」

   そうなのだろうな。
   確かに正しい意見だ。

  「お前の意見をそのまま返せば、死ぬ場所と言うのは生きたい奴等の居場所を奪っているのだ、愚か者!」

   ・・・・そうだ、な。
   考えてみれば世の中死ぬ場所だらけだ。
   どんな場所でも生きていける場所の方が少ないだろう・・。
   こいつがやっていた事は、その生きたい奴等の居場所確保の犠牲行動だったのか。


  「ならさ、生きる事も死ぬ事も嫌な奴はどうしたらいいのさ・・。」

   これは、答えの出る質問なのだろうか。
   尋ねておきながら私は自らの言動に後悔した。
   男は目を少し開くと、呆れた様な顔をして私に言った。

  「お前がそこまで言うなら仕方が無い。 俺が直々に答えを言ってやるから、二週間後、絶対にここに来るぞ!」


   ああ、悪いね。 二週間も待たせて。
   こっちの都合上、唯一の休日が丁度二週間後なのだ。
   男には悪いが、私も社会人の一人としてそこでやるべき責任がある。

   奴のまっすぐな答えに押されてか、私は溜息をついた後さっさと店を立ち去った。



   *



   そんなわけで、今に至る。
   二週間も暇であったろう奴を待たせたのだから、私もそれなりに報いるべきか。
   そういえば、私は奴のありがたい答えを賜るために奴のある手伝いをするのだった。
   期待が大きいわけではないが、何気に気になった。

   まあ、手間がそんなかかるものじゃないし。
   こっちとしては、さっさと男と縁を切りたいところだ。
   でなければ私は――――


  「おい。 目的地まで後少しなんだ。 はしゃぐ元気も無いのか!」

   やれやれ、注文の多いお兄さんだ。
   そんな砂浜を駆けるほど、私も子供じゃない。
   私は冷たい潮風に必死の抵抗で、腕で顔を覆った。

  「分かってるよ。 ほら、準備も出来たからさっさとあの場所に行こう。」

   ―――目的地は、あの場所。



   *



   そこは、二週間前と全く変わらない。
   だが、『進むな、キケン!』の看板は倒れて、崖近くにはあの時のラジカセとテープケースが置いてあった。
   ま、二週間で世の中大きく変わるわけでもないか。

   奴は、そこについた途端に黙って、海の彼方を眺めていた。


  「怖気ついた?」

   と、尋ねた。
   もちろん心配だからではない。 ここでさっさと腹を括ってくれなければ、こっちの無駄足だからだ。

  「いや。 漸く、あっちにいけるな・・・。」

   だが奴は、どうやらその様子ではない。

   奴は、背中の姿で私に言った。



  「お前さ。 俺と会った後、二週間どうだったよ?」

   崖先にて立ち止まって、割と低めの声で、やけに真剣だ。
   今更、何を真面目になるのだ。


  「なにか、考え方は変わったか?」

   ・・・変わった。
   ・・・変わった。
   ・・・変わった?

   奴の言葉が、私の中で何度もエコーした。


   私は、男から―――









  「正直さ、自分が怖いよ。 世の中が怖いし、人間が怖いよ。」

   変だと言う奴だって、とんでもない事やってる。
   普通と言われる奴が、とてもつまらない奴だったりする。
   変な奴が、世界をおかしくしている。

   この変な男が、私の世界を少しだけおかしくしているのかも知れない。


  「あんただって怖いし、何したいのか分からないし、今だってどう生きていけばいいのかちっとも分かりゃしない。」

   答えを聞きたい。   
   でも聞いたところで、それで私はその通り生きていけばいいのか。
   それで、幸せとやらに辿り着くのか。
   幸せにならなきゃいけないなら、そうするけど。

  「何をすりゃいいのか。
   あんたの答えが、其れで私が変わるきっかけになるんなら―――」


   ―――って
   奴は、私が言い終わる前に爆笑していた。
   なんて奴だ! 人が真面目に答えてやろうとした矢先にこれだ!
   また、馬鹿にされているのだろうか・・・。


  「こりゃ驚いた! お前ずいぶんと変わったじゃなぁ!」

   褒めて、いるのだろうか。
   でも、今までとは随分様子が違うのは分かっている。

  「俺が言わずとも、お前はちゃんと分かっているんじゃないか!」   

   何を、分かったと言うのだ?
   私は、前と寸分も変わってはいないぞ。
   奴にケチをつける前に、奴には既に変化が訪れてあった。






  「全く、これだけの為に二週間も待たせやがって。」




   一陣の風が吹いた。


   身体が透けている。 ようやくあっち側へ行くのか。
   足から見えなくなっているので、まだこっちにいられる時間はある。


  「答えをまだ聞いてないよ!!」

   私は近づいて、初めて奴の前で叫んだ。
   ズルイ。 言うだけ言って、あの世に勝手に行くなんて!
   私を散々連れまわしておいて、放置するだ!?
   ふざけるな!!

  「答えだぁ? だからお前はもう持っているんだろうが!!」

  「ちゃんと教えてよ!」

   『仕方ねぇなぁ。』と、頭を掻きながら奴はいった。



  「いいか!よく聞いとけ馬鹿ガキ!!
   生きる事も死ぬことも嫌ならどうすりゃいいか!


   そりゃな、『自分が何をすべきか』考えるんだ!
   お前にはまだ時間があるんだ! 考えて、考えて、考えまくれ!

   何でもいい!
   人助けでも、挑戦でも、兎に角お前が最大限に出来ることをやってみやがれ!」


   そんな安易な答えで、私の爛れた人生が180度変わるのかよ?
   360度一回転して元に戻ってしまうのかもしれないのに。
   でも、それが奴の人生の中で出した『最大限の答え』なのだろうか。


  「俺さぁ! まだ生きたかったんだよ!
   生きてやってみたい事がもっとあった!
   嫁さんだって欲しかったし、孫の顔も見てみたかったし、できれば老衰で死にたかったよ!

   でもなぁ、『死んでからじゃ手遅れ』なんだよ! 自分のやりてぇ事も全部パーだ!

   だから絶対に死んでから後悔するなよ!」

   ・・・その言葉に、私は止まってしまった。

   そうだ。 こいつに後の人生なんてもうないのだ。
   私のように生きることにダラダラとする暇ももう無いし、何よりする事なんて何もない。
   奴よりか、私にはまだ余裕はあるのだ。


  「でもよぉ!
   お前、思った以上に人の役に立ってるぜ! 俺の話し聞いてくれるのお前だけだったしなぁ!!
   死んでからのお前に会って、人生説くなんて俺の人生も捨てたもんじゃなかったなぁ!」

   死んでから、男が出来たこと。
   自分の全てを告げることが出来た。
   後悔は、まだあろうだろうに。
   あんたは、其れで良かったのか? 福井崎。


  「馬鹿ガキ! 刺激の効いた人生を楽しめや!!」


   福井崎の手のひらが、私の頭の上に置かれた。
   奴は、福井崎さんは最後にニカッと笑うと、風となってその場から消えてしまった。

   風にまぎれて、アイツの笑い声が聞こえた気がした。



   *



   私は、幼いころから変なモノが見えた。
   別に、取り憑かれるなどは無かったけど、おかしいの類が曖昧だった幼少は散々その事で馬鹿にされたものだった。
   幾ら言ったって、信じてくれない。
   いざ変な出来事が起これば、私の所為と決め付けられ、気持ち悪がられ避けられた。

   人間不信は、おそらくそこから始まっていたのだろうな。
   変なモノが見える、生きる価値の無い人間と言われた奴が、生きてていいのか路頭に迷っていた。
   ま、実際役に立つ力でも無かったしな。

   そんな力を持って若干二十歳になった頃、福井崎さんにあったんだ。
   ムカつくし、ろくでもない事しか言わなかったけど。
   まあ、会って話をしたのは彼が死んだ後だった。


   私が人生何度かの決意が折れた後、アイツが変な行動をした為に私は奴の場所まで行った。
   死のうとした私が、早まるなと止めようとしたのだ。 おかしな話だ。
   そして、奴は――――飛び込んだ。

   音楽のリズムといいタイミングのいいジャンプだった。
   私が体育教師なら10点満点を与えたいところだったが、彼はそのまま陸にあがることは無かったのだ。
   死ぬ気は無かったのだろう。 だが、彼は自らの結果を死んでから見ることになった。

   私は崖にへたり込んで、誰もいない崖先を呆然と眺めていた。
   そこへ幽霊とやらになった奴が来た。  打ち所が悪かったらしい、すぐにそういう状態になったそうだ。

   そして、あの世へ行くと告げて、この世へ今生の別れをする所へ
   私が止めたのだった。
   死んだ奴の意見が聞きたかったからかもしれない。
   でもそれ以上に、死ぬ前まで笑っていられた奴に惹かれたところがあったのだ。 きっと。

   手伝って欲しいと言うのは、死んだ場所へ線香と花を手向けて欲しいとのことだった。
   ついでにパフェも食べたいと。
   ので、奴が去った後に私は一束の線香と、(見た目的に)派手そうなアイツらしいガーベラを崖っぷちに供えた。
   傍に、アイツの勇姿の載った記事を供えて。


   『人気の無い崖にて20代男性投身自殺! (仮名)福井崎さん 職業・・・』




   さ、福井崎。
   アンタとの縁もこれでサヨナラだ。
   寂しくもないし後ろめたさも、もうないよ。
   あんたにはろくでもない事しか教えてもらえなかったけど、でもきっとその下らない説教で私は、
   ちょっぴり前向きになった。 のかもしれない。

   刺激なんて正直好きじゃないし、苦労も、無駄に疲れる人生も嫌だけど。
   あんたがその人生で、死ぬまで笑っていられたのは、悔しいけど羨ましく見えるんだな。

   この力で、あんたがアッチ側へのより良い旅立ちが出来たのなら、 少しは役に立てたのかな。
   生きてる人間ではなく、死んだ人間に対してだけどね。
   無駄に疲れたけど、悪いことではない。
   むしろ、すこし晴れ晴れとしている。   


   天気もこの間の曇りよか、お天道様が見えて更にいい。
   あいつが去った途端に、この天気。


   粋な事を言うのはあまり好きではないが、 空って高いもんだ。

   奴のような、そんな気がした。


   私は久方ぶりに笑うと、空に向かって呟いた。


  「良い旅立ちを。」

   福井崎と自分自身に、そう言った。




   了