「自殺主義者の殻」




    著:華宵






   皆さんは、砂糖も発光するものとご存知だろうか?
   原理は知らんが、砂糖をこすったりすると本当にポッと仄かに光るのだ。

   調べてみたら『摩擦ルミネセンス』という現象で、ものすごく昔に発見された。
   熱を伴わない光であり、この発光は別名を『冷光』とも呼ばれるらしい。

   鼻で笑える。


   本当の『冷光』というものは、きっと私のような者の事を言うのだ。



   *



   自殺で騒がれる世の中だ。
   ネットだったりニュースだったり、それは本人たちの知ってるとこや知らないところで大問題扱いされる。
   助けようって気のある人は少ないのにさ。
   本人達は、いい迷惑だったり嬉しかったり、はたまた面白がっているのか。

   心配する周りの人間をよそに、それはエスカレートしていくのだ。
   多分。

   私が初っ端から偉そうなことを言っているのは、ある種の宗教に近いものの信者であるからだろう。
   そう。すなわち、


   『自殺』 というものの。


  「死んだ方が良いのかなぁ・・・。」

   と、何万弁と経文のように繰り返すこの台詞。
   言ってないとやってらんないんだから仕方ないじゃん。

   仕事とか人間関係とか、そんな在り来たりで一般的なものに付き合わなきゃならないんだから。
   つまんないったらありゃしないし、そんなもので最終的に何が残るのだ。
   虚しい悲愴感に浸りそうだ。



   話は戻り、私についてだ。
   私の指す宗教はもちろん一般的な宗教のキリスト教や仏教といったものとは違う。
   神はいないし、伝道師もいない。


   崇拝するならそう、『自殺した者達』である。


   彼らの冥福とあの世の安寧を他人の私達が勝手に祈り讃え、彼らの残した死の極意というものを
   インターネットという聖書(バイブル)で検索して知識を得、実行することにより禊を行うのだ。
   過激な一派では団結して行う猛者や、成るべく苦を伴わずに行う者もいる。

   私もその、一人に近い。



  「えー・・・『練炭』じゃ、なかなか死ねないんだ。」

   「自殺にならないじゃないか」と、お世辞にも大きいとは言えない画面に文句を誑す。
   私も面白がっている連中と変わらないのだろう。

   ネットで随時検索して先人達の知恵を借りる程度で、実行しようって気は未だ起こらないのだ。
   パチパチとキーボードを打つ音は連日止まらない。
   BBSやブログでもそういった情報は一秒ごとに増えているのだから、そのたびに世界中の『死にたがり』の人々がそれらに縋って死のうとする。

   デッドオアアライブ。二分の一の確率でその人の運命が決まる。
   それに憧れかカリスマ的な輝きを見出しているのか、やってしまい帰って来れなくなった者もいるが。

   別に歴史になる程度ではない。 良くて広告に載る、それかニュースになる程度。
   一瞬だけ、見た人の記憶に残るだけなのだ。 連日連夜おこっている『自殺』なのだから。


   まあそれらを踏まえての私の立場なのだが、


  「・・・放っといてくれよ。」

   正直そこまで他人に興味を惹かず、趣味も持ち合わせず、
   魅力的なことは一縷、否無いのかもしれない。

   そんな私なので生きていることに対しても、死ぬことに対しても大して魅かれる事はないのだ。


   『自殺』という概念だって、戦国時代とかの昔は『切腹』と言う行為の元は尊いものであったし、
   五穀十穀を絶ちながら『即身仏』になる禊も日本では公に認められていたのだ。
   人が死ぬこと事態珍しいことではないのだから、『生死』に必要性を感じない。
   可笑しいだろうか?


  「このレス・・・こいつも『一般論』かよ。」

   思った以上に当たり悪い文章に「つまんねー。」とほざきながら、パソコンの電源を切った。
   仕方ない明日は生きることにするか。 そう思いながら今日を終える。


   死にたい理由も苦しい理由も、他人に訴えたところで伝わる訳ないのだ。
   『他人』であるのだから。
   その度に、自分を助けられるのは自分だけと思い知る。

   奴等はどうにかして無駄な人口削減を防ぐために、何処から来た偽善意識によって必死で引き止めようとする。   
   そして決まってこう言うのだ。



   『死ぬなんて事どうせいつか来るのだから、それまで生きてりゃいいだけなんだから。』

   それが辛いから、死にたがっているのにさ。



   *



  「おやすみ、小百ちゃん。」

   パソコンの側においてあるテディベアに向かって話しかけた。 家族だし。
   牢獄を連想する殺風景な部屋の中で、可愛さを彩る唯一の希望だ。
   この娘がいなかったら、私の部屋に色は無くなる。

   何時しか小百ちゃん以外、私の周りには物が無くなった。
   読みかけだった小説や貯金箱、必要な筈の筆記用具、写真と目覚まし時計。
   机の上にあった物は全部無くなって、小百ちゃんとパソコンだけ。

   我ながら見て少し物足りなさを感じるが、大して気にはしていない。
   普通、人と言う物は自分の周りを少しでも狭める為にどんな物でもかき集めようとするけれど、
   それすらしない。 と言うよりこれで十分すぎる程だと感じている。

   人として何かしら欠落している。 自覚している。
   『寂しい』と『孤独』が好きなんだ。きっと。


   部屋は殆ど白い壁と天井で、白く無い私だけポツンと佇んでいるのだ。
   足下にある布団も白で、思わず突っ伏した。
   今日も疲れた。
   社会人共め、散々人を扱き使いやがって。
   まあいい。奴らもいつか遅かれ早かれ死ぬんだから。

   外に響く雨音は不規則だけれど、とても耳に心地良かった。
   ありきたりではあるが子守唄の様な、そんな感じだった。

   雨は好きで嫌いだ。
   洗濯が出来なくなるが、音と空気は安らげるから。
   こう言う湿っぽいのが、私には合っている。


  「永遠に、眠っていられたら良いのに。」

   それ以降、起きてる時の記憶は無い。



   *



   夢を見ていた。
   そうそれは、ひどく非現実的な。

   私の周りは部屋以上に殺風景、というより何にも無いのである。
   浮いているのか落ちているのか、色があるのか光っているのか、それらが分からない程。
   兎も角その不安定な空間に私は居るのだ。
   怖くも悲しくも無く、無感動だった。

   今なら怖い物なんて何も無い。
   そう思いながら死ねたら良いのに。
   きっと後悔も後腐れもなく、難無く『あっち』へ行けるのに。

   私がまだ死ねないのは、怖い物があるからだろうか。
   それともこんな『私』だからだろうか。


   思わず現実と同じ事を考えていた。
   夢にまで影響するとなるといよいよ末期なのだろうか。

   私は病的に『理由』が欲しいらしい。
   それを探そうと一度思ったものの、結局見つけるのは難しくて『死ぬ方法』を考える。
   あっさりと見つけられたら良いのに。 面倒くさがり屋だからね。


   こんな空間がある所為で私はどんどん自分を追いつめていく。
   それは死への一歩でなく『崩壊』への直進コース。
   ずっと嫌で、辛い事だ。

   どうでもいいから、さっさと現実に戻して欲しかった。


  「誰だか居ませんかぁ?」

   何処に向かってとなく私はただ問いかけた。
   いい加減に誰か登場してこないと退屈で仕方が無い。
   今回の夢は、つまらん物になったものだと自分に呆れて肩を落とした。


  「誰でも良いから出てきてくれませんかぁ・・・。」


   人嫌いの私がこんな時に何か言った。
   口から出任せだった。
   後先考えず口走った事程、酷い事態に成りかねない事を何度も分かっている筈なのに。
   筈だった。

   人が愚かなのは『忘れる』事にあると、誰かが言っていた様な気がする。
   とても納得出来る。 そんな魔法があればいいのにね。



  「出てきてやったぞ。」

  「何? くたばり損ない。」


   背後から出てきたのはこの世で史上最悪な奴。
   一番、夢にまで出てきて欲しく無かった。
   永遠に眠ってれば良いものの。

  「期間限定で友達として来てやってるんだ。もう少し歓迎でもして欲しいものだ。」

   どうぞ御帰りください。
   お前何ぞに諭されるのも説かれるのも御免だ。屈辱的だ。


  「お前がうだうだ言っている所為で来るしかなかったんだ。 全くいい迷惑だ!
   どうしようもなく馬鹿だなお前は。 何で一途に物を考えないんだ?」

   来て早々馬鹿呼ばわり。
   自覚はしてるさ。それを言われると腹立つのも事実だけどさ。

  「一つの物を集中的に見てないと周りが疎かになるからじゃん。
   周りも見た上で今の問題を少しずつ解決していきたいと思っているからだよ。」

   『一般論』。 そう切り捨てられる。
   奴がどんなことを言うのか、それに期待しているからだ。

  「周りが何なんだ? 『変化』が富んでいるのは当たり前じゃないか。
   どうせ変化する物なら、目の前の一つの葛藤と集中するのが効率的だろう。」

   そう割り切れたら良いんだけどね。 そうはいかないのが現実だから。

  「まあいい。 また自殺未遂か? お前は『かまってちゃん』なのか?」

   かもしれない。
   結局人を拒絶しておきながら、一番人恋しいのかもしれないね。
   大人に成りきれていない甘ったれ。
   中途半端で最悪だ。

  「自殺まがいの事は取りあえず止めたよ。 でもさ、まだ色々と」

  「ただの逃避としたらそれまでの話だが、お前の場合もう解決しているだろう?」

   問題は山積みだ。
   でも解決策もその分多いのだ。
   私は、でも私はね


  「わからない。」

   だからアンタが現れたのか。
   我ながら最悪のラインナップだ。


  「最初に『自殺』を検索したのは中学くらいだったと思うんだ。」

   ネットが授業でも入るようになって、散々パソコンとインターネットの勉強をさせられた。
   小学生からネットはやってたってのにさ。知ってる子供は知ってんのに。

   『自殺』を検索するようになったのは、私のこんな性格が原因を引き起こしたのもあるし人間不信に陥っていったのだ。
   私以外の人間全員は私を脅かす敵でしかない気がして。
   ハッキリしているのは、その時から私は死にたがっていた。


  「『じ、さ、つ』って三文字を検索するだけで何百件とヒットする。
   あー、何だかんだ言っても皆『自殺』に興味がある人がこんなに居るんだーって、
   死にたがってんの私だけじゃないんだってホッとしていたんだけど、理由は皆違ってて重かった。」

   解決出来そうに無いものから、小さな小さな些細な事まで、一つ一つの言葉にズッシリとした圧迫感が伝わった。
   同類の人達が見たら、心の慟哭を綴ったその人に更に同情するのだろう。
   その度思うんだ。 こんなに追いつめられて死ぬ人がいるんだから、私なんてまだ軽い方だって。
   見下し。 ではない、でもこれは差別。
   重けりゃ死ぬって訳じゃないけれど、私はもっと苦しくなる前にカタを付けたいのだ。


  「早めに死んでいりゃ後悔も少ないからその方が良い?」

   頷いた。
   だってそうだろう。 『逃避』とも取れるだろうが、これは正当な手段。
   自己防衛の為に自分の身を守って何が悪いのだ。


  「アンタさ、ノストラダムスって信じてた?」

   1999年の夏辺りに他称『恐怖大魔王』と言うのが地球に来る予定だった記念月間の事を指している。
   それを知っている者は怖がったり面白がったり一時期は夏のブームだった。 
   厳密に言えば私は当然信じてない。 今時『大魔王』は無い、狂言としか思えない。

  「信じていたかったなあ。夢であり希望だった。 何が起こるのか夏は楽しくて夜も眠れなかった事もある。
   確か、その時は小学生だったな。」

   懐かしむように、良い思い出に浸っている奴が少しムカつく。
   幸せそうだな羨ましいよ。


   ノストラダムスの予言通りになった方が良かったのだ。
   でなけりゃ私はもっと辛い『今』を生きなくても良かったし、『辛い』を知る前に死んでおきたかった。
   特にこれと言って生きたい理由も無いし。(死にたい理由も特にないけど)


  「けれど『予言』を残したその偏屈ジジイは嫌いだったな。 俺より偉そうだ。」

   アンタは何様なんだよ。
   一時でも予言おじいちゃんのお陰で夏が楽しめたんだから、それでいいだろう。

  「だから、俺はお前も嫌いだ。」

   突然なんだよ。
   偉く言えた訳じゃないが、私だってアンタの事は『好き』の部類に入らないぞ。
   良く言ってギリギリアウトだ。 嫌いだ、アンタなんか。


  「ジジイ同様、先の事を決定付けているからだ!
   何様だ? だからお前はいつまで経っても特徴が無いんだ。この碌でなし。
   少しは俺に好かれる努力でもしたらどうなんだ。」

   散々言ってくれるな。
   デリカシーと言うものを少しは勉強しろよと言いたかった。
   お前なんかに好かれるくらいなら、私は部屋の模様替えに精を出すよ。


  「バカはバカらしく、この味気のない世界に引きこもっているが良い!!」

   勝手に怒りだした。
   罰かお仕置きのつもりか? 私は喜んで居座りますけど。
   私は気負いも困りもせず、ただ段々と疲れているのがわかった。
   むしろコイツの存在こそが私を更に追いつめているのだ。

   私から背を向くと、そうしたらいつの間にか期間限定の友人は居なくなった。

   結局何がしたかったんだ。



   *



   取り残された私は、胡座をかいて座った。
   足下に影は映っていないけど、確かに冷たくて硬い感触はあったから。

   だから言ってんだ。
   放っておいて欲しいと何度言った? アンタが嫌な思いをするだけなんだよ。

  「もう二度と来んな。」

   もう居ない奴に向かって、初めて挨拶をした。



   しばらくして、
   一人で居て何故か心地良くなってきた。
   白くて無地で、深呼吸が出来るこの場所が好きになりつつあった。

   全くもって白だ。
   この世界を表すにはそれが合ってる。
   アイツが言ってた通り、この世界にずっと居るのも良いのかもしれないと思いつつある。

   これも現実なんだろうか。

   夢で起こる事も現実のうちに入るのか。
   だとしたら私は、自分で思う以上に『幸福』なのだろう。
   私はここでなら幸せに思える。

   色は無いけど、拒否も歓迎もしてくれない世界に。
   誰もいないけど、暖かさも冷たさもない世界に。
   有限のないこの世界は、私の理想郷だ。



   けれどたった一つ不満がある。
   再び私を、悩ませる状況へと自然と追い込んでしまう事だ。
   逆にまた死にたくなった。

   あの時に死んでれば、あんな恥ずかしい思いをしなかったのに。
   あの時に死んでれば、叱られる事は無かったのに。
   あの時に死んでれば、あんなに後悔する事も無かったろうに。
   そんな事ばかりが記憶の底から蘇って、忘れようと努力していた私を苦しめる。
   アイツと話した所為かそれは更に膨張していくのだ。



  「決定付けている・・・か。」

   そればっかりだよ。
   『可能性』の価値が低いって、多分大勢がないがしろにしてる。
   人の死んだ理由にしろ、人生にしろ、人間関係にしろ。
   勝手に不幸にして、勝手に良い人悲しい人に仕立てて、周りが言っているだけ。

   「そうに決まってる。」「そうしか考えられない。」
   そうして勝手に追いつめられて、私は『死ぬしか』無くなった。


  「いつか死ぬから、今を生きてりゃいい。」

   死言を綴った掲示板の返信に、お約束な回答。
   正論だし慰めにはなる。 でも解決には成らない。
   私は『いつまで生きてりゃ良いんだ? だったらいつ死んでも良いだろう。』と、返す事が出来る。

   これも結局は決め付けてるだけなのだ。
   人を思いとどまらせるのに、この言葉はどうなのだろう。
   辛い。 きっともっと辛い。


   『お前の場合もう解決しているだろう?』

   そんなの、




   知ってるさ。とっくの昔にね。



   やろうとしないだけで、やり方を知っていたんだ。
   理由? 面倒くさいし、それに促すのも虫酸が走るから。

   分からない振りをして、耳と目を塞いだってやっぱり答えを認めるのは嫌だった。
   だって嫌すぎるからだ。 『一般論』に傾く事になる。
   勝負なんてしてないけれど負けた気分になるじゃん。 笑える位、低レベルなプライドだ。

   『普通』とは違うからハブられたって、一人でいる事に不満は無かった。
   それが当たり前であったし、これからもそれでいいと思ってるんだ。
   他人なんか入ってこられちゃかなわない。


   負け犬根性でいけば、案外成るようになったから。
   これからもそうして行ければ良いのに。



  「アホみたい。」

   結局はアイツの思った通りになってしまうのか。
   奴の言葉だって『決め付け』の一環だってのに。
   だから私は、あんな奴が大嫌いなんだ。

   人が死のうとしてんのに、意味なく止めようとするから。

   しっかり『理由』はあるんだ。
   若干高めの生きたく無い理由と、若干低めの死にたく無い理由。
   それを思うのは卑怯で狡い気がして、結局は『自殺』というものから遠のきたいという意思でもあるのだろう。
   はぐらかしてばっかだ。

   私は、どちらも選べない。


   『末期的に、自分が可愛いから。』


   自分にそう嘲けた事があった。
   期待して待ち続けて、面倒くさくて遠回りして、そして勝手に苦しんでいくんだ。
   下らない意地を張り続けた所で、最後には今みたいにフラフラなのに。


   自分が可愛くて悪いか?
   『私』が一番大切で、悪い事なのかな?
   なによりも身近なものを大切にして、そうして周りを疎かにして何が悪いの?
   何がいけないの? 皆だってそうしている癖して。


   こんな自己主張を聞いてくれる奴がいて、死にたがりの奴の話を聞いて馬鹿にしてくれる奴と
   答えを知った上で教えない奴がこの世にもっといるのなら、世の中もっと救われて良い筈なのに。

   自分ばっかりが不幸のように思えてきて、そんな奴の所にアイツは馬鹿にしに来るのだ。
   嫌だけど、実は本当に助かってたりするんだよね。
   言い分は大本認めるし、納得しているから。


  「お前は死んでて正解だったよ。」

   死んで私の所に来なかったら、私はとっくに死んでいたかもしれないし。
   生きてて良かったとまだ思えないから、感謝はしてないけど。
   救いようの無いバカ。 アンタと出会った事を後悔するよ。


   仰向けになって白い世界に身を委ねた。



   つくづく不思議な場所だ。
   丸で私と言う者を思い返す為に用意された、その為に存在する世界みたい。
   救う為の改める為の折檻部屋。

   叱咤するでなく、かといって暴力も無く、思い知らす為の無言の訴え。
   それがこの世界の心地良さの根源。

   知った。
   今世界から、目と口と耳を閉じて知らない振り聞いてない振りの方法を。
   ここならそれをすることが許されるのだ。

   醜い本来の自分を露呈できる。 それが堪らなく嬉しいのだろう。


   この世で至上の地獄、醜悪な極楽浄土。
   逝ける場所であり、引き返せる境界。
   私だけの世界。
   都合良く出来てる、自分の夢と希望。

   アハハと笑って、睡魔に落ち着かせた。



   *



   目を覚ませば、10時を回っていた。
   寝ぼけた頭で外を見てみるとどんよりとした曇りか晴れかも分からない微妙な天気だった。
   太陽の光は、随分と冷たく見えた。

   期待はずれにガッカリしながら机を見てみると、座っていた小百ちゃんは横に倒れてあった。

   なんだ君も残念そうだな。
   と、私は小百ちゃんを立て直して手帳を開いた。
   だって休日でも祝日でもないんだから、

  「あーあ、完全遅刻だ。 一限と二限サボっちゃった。」

   金の無駄になった。 と、呆れ自分に肩を落として身支度を整え始めようとおもった。
   でも、やる気が起こらなかった。
   たまにはサボったって罰は当たらないと思ったからだ。

   未だ夢現つの頭を鳴らしながら、再び寝床に突っ伏した。


   思い返すは曖昧な記憶になっている、あの悪夢。


   一人きりで居られる最高の場所が、たった一人の侵入者によって最悪な場所と化した。
   現実からの逸脱を何で夢の中まで許してくれないのか。
   夢と言うのは記憶の思い返しと言う事もあるから、アレは私自身が望んだ事と言うのか。
   だとしたら私は、自分を思う存分いたぶりたいのか。

   あの場所に居て、思って、感じたあの虚無感。
   たった一つの安息の地は、私が私を守る行為は、結局は更に救い様がないのだ。

   私が望んだ殻は、思った以上に脆くて薄かった。
   それが一番、残念なのだ。

   思い知ったのだ。
   結局は自身を『異常』だ『変わり者』だと言う人間程、一番『普通』の方法を多く知っているのだ。
   だって直ぐに見分けがつくんだ。 『つまんない』って、思う度に。
   『異端者』は『普通』の奴を見下して、蔑んで、飽きる。
   『普通』がいかに面白く無くて、味気がなくて面倒くさいものか知り尽くしている。
   だから『普通』にはなりたがらないし、『普通』を壊したがるのだ。


   死ぬにしたってそうだ。
   死ぬ事も生きる事も『普通』に変わりないのだ。
   どんな死に方にしたって、それは『普通』なのだ。
   死ぬ事も生きる事も望みたく無い。
   それは『普通』だから。

   『普通』の奴等を足蹴にする一人として、感じ得た事だ。



  「・・・そうだったの?」

   アンタも『普通』っぽい私をバカにして見下してた?
   私って『普通』過ぎた?

   ああ、だから『変』に憧れたの。
   人より少しズレていれば、『普通』とは違った味気のある生き方になるんじゃないのかって。
   私は生きているんだって、胸を張って言える気がして。

   誰の記憶に残るでも無く、思い出して『そんな奴いた』って思えるくらいに。
   薄っぺらい私の人生を、誰かに憶えておいて欲しかったから。


  「なんだ。」

   ようやく理解出来た。
   私は、


   『そんなアイツが好きだったんだ。』


   アイツになりたかったんだ。
   だから『友達』になったし、先逝くアイツの為に泣いたんだ。
   アンタに憧れて、『死』を恋したんだ。
   アンタだけは、私を憶えておいて欲しかった。

   私の友達は、間違いなくアンタだけだったんだ。


  「・・・ちくしょう。」

   切なくなって涙が出た。
   今更、居なくなったアイツの為に泣いた。
   何で死んだ奴に気を使わなきゃならないんだ。
   馬鹿馬鹿しくなった。


   アイツにまた会いたくなったから。

   眼もすっかり冴えて、仕方なく学校へ行く事にした。
   アイツの言う『特徴』を見つける為に。 私を記憶する為に。
   何かしらの糧を、私は欲しているから。



  「最悪の夜明けに乾杯。」

   コーヒーを湧かして、何故か二人分を用意した。
   居ない筈のアイツが、一緒に飲んでくれそうな気がしたからだ。




   了